拍手のない内定
演劇部の部室で、雁屋拓海は面接用の自己紹介をもう一度演じた。
「私は舞台監督として培った調整力を生かし――」
「はい、保険会社向けの顔」
白河佳澄が、客席代わりの椅子から言う。
拓海は大手保険会社の総合職。佳澄は小劇場の照明会社。玉置礼央は事務所の預かり俳優になり、昼は飲食店で働く。
三人は、卒業公演で使った会社員役の衣装を片づけていた。公演は客席の半分も埋まらなかったのに、拓海が舞台経験を語った面接では役員全員がうなずいた。会社員役の衣装は、彼の内定式用スーツと見分けがつかない。
「佳澄は、照明で食べられるの?」
拓海が聞く。
「初任給は拓海の三分の二。徹夜あり。食べられるかどうかは演目次第」
「礼央は?」
「初年度は出演保証なし。牛丼屋のシフト保証はある」
「それで二人とも、演劇を続けるって言えるんだ」
礼央が笑った。
「保険を売る方が、続けてないって決めるなよ。拓海が一番、部費の赤字を埋めた」
「会社には、演劇をやめる覚悟を評価された」
「そんなこと言われたの?」
「『趣味と仕事を切り分けられますか』って」
拓海は、はいと答えた。その一音だけは、どの台詞より上手に言えた。佳澄は照明実習のため卒業公演を途中で抜け、礼央はオーディションのため主役を降りた。三人とも、舞台を続けるために最後の舞台を欠けさせた。
「卒業後も月一で読む会をしよう」
礼央が台本を掲げる。
「月末は締め作業」と拓海。
「夜は仕込み」と佳澄。
「じゃあ朝」
「牛丼屋」と礼央自身が答えた。
三人は笑った。予定が合わないことだけは、見事な間で共有できた。
佳澄は照明卓を切り、礼央は台本を鞄へ入れた。拓海は会社員衣装をハンガーに掛ける。
「内定、おめでとう」
佳澄がようやく言った。
礼央も言った。拓海は頭を下げたが、誰も拍手しなかった。
三人が出たあと、舞台袖に置かれていた事務椅子へスポットライトだけが残った。座る役者はいないのに、背もたれには〈社員A〉の名札がまっすぐ貼られていた。