持ち主を決める言葉
泡坂ユノアとPK《蒐集家エルガ》の間で、黒い箱が床へ落ちた。
《真名取得》
落下アイテムの真名を最初に正しく発声した者を、新しい所有者とします。
エルガは百人から奪った鑑定記録を持つ。
「《王殺しの宝匣》!」
反応なし。
「《帰還鍵の棺》!」
箱は動かない。
彼はユノアの喉へ短剣を当てる。
「知ってるんだろ。言え」
ユノアは箱の表面に浮かぶ傷を見た。剣、指輪、子供靴、手紙。収納された品の輪郭が重なっている。
これは宝箱ではない。エルガが殺した者たちのドロップ品を、一つへ圧縮したものだ。
「真名を言えば、所有者になる。全部お前のものだ」
エルガは甘く囁く。
所有者になれば、中身を取り出せる。だが説明の裏面には、さらに一行。
《所有者は収納物の返還義務を負います》
エルガはそこを読ませまいとしている。
ユノアは箱へ向かって言った。
「《遺失物返還箱》」
黒い箱が白く光り、彼女の名を所有者欄へ刻む。
同時に、二百を超える返還先一覧が開いた。
エルガが笑う。
「一生かけても返せないぞ」
「だから持つ」
ユノアが返還処理を開始すると、箱は一品ずつ持ち主の現実座標へ送り始める。剣も指輪も、エルガが奪った帰還鍵も消えていく。
最後に箱そのものが軽くなり、彼の手元の武器まで吸い込んだ。それも元は別の被害者の品だった。
《真名「遺失物返還箱」を認証》
《新所有者:泡坂ユノア》
返還処理には数日かかる。ユノアは箱を背負い、被害者の町を一つずつ回ることになった。
最初の返還先は、エルガが最初に殺した老人だった。本人はすでに死亡している。剣を受け取ったのは孫娘だ。
「これは祖父の勝利品ですか」
「遺失物です」
英雄の武器として飾らず、使い古した道具として返す。箱の重量が少しだけ減る。
エルガは全てを所有すれば価値が増えると思っていた。だが品々には元の持ち主との関係があり、奪った瞬間から返還義務も積み上がっていた。
真名を知るとは、隠された強さを知ることではない。その物が誰のところへ帰りたがっているかを言葉にすることだった。
《取得物ゼロ/返還義務二百十三件――所有者とは最も多く奪った者ではなく、最後まで元の持ち主へ返す責任を引き受けた者です》