捨てられないレコード
貸倉庫の閉鎖時刻まで二十五分。芹と律は、三年前の同棲を四つの段ボールに分けていた。
「この鍋、どうする?」
「捨てていい」
「スピーカーは?」
「それも」
蛍光灯の下では、思い出まで粗大ごみに見えた。
二人が別れた理由は、芹が同棲に耐えられなかったからだ。物音で眠れず、冷蔵庫の配置が変わるだけで息が詰まり、帰宅しても誰かがいることに休めなかった。
律が嫌いなのではない、と説明するほど、彼を傷つける気がした。だから「一人のほうが好き」とだけ言って部屋を出た。
今も一人暮らしが快適だった。好きだと言えば、また一緒に住む未来を期待させる。それが言えない理由だった。
「これ、懐かしい」
律が一枚のレコードを取り出した。二人が初めて一緒に買った、外国の古いアルバム。盤面には小さな傷があり、三曲目で必ず針が跳ぶ。
「捨てていい」
二度目を言うと、律はジャケットを眺めたまま動かなかった。
「本当に?」
「プレーヤーないし」
「俺もない」
「じゃあ、なおさら」
館内放送が、閉鎖まで十五分と告げる。
律はレコードを廃棄箱へ入れず、自分の段ボールへ立てた。
「結婚した?」
芹が尋ねる。
「してない。去年まで付き合った人はいた」
「同棲は?」
「しなかった」
「私のせい?」
「学習しただけ。住む場所を一つにしなくても付き合えるって」
芹は手を止めた。
「そんなの、寂しくない?」
「一緒に住んでた頃の芹のほうが、ずっと寂しそうだった」
閉鎖まで八分。廊下で管理人が台車を押す音がする。
「どうして、あのとき言わなかったの」
「芹が俺じゃなくて一人を選んだと思ってたから」
「違う」
「今なら分かる」
「今さら分かっても」
「今さらだから聞ける。俺まで捨てる必要、あった?」
芹は廃棄箱の中の鍋を見た。二人分には大きすぎ、一人分には重すぎた。
「捨てていい」
三度目に言って、レコードを律の箱から抜いた。
「一緒に住む未来は。でも、これまで捨てなくてよかった」
告白にはしなかった。代わりに、レコードを自分の空の箱へ入れる。
「プレーヤー、買うの?」
「買わない。そっちが買ったら貸す」
「いつになるか分からないよ」
「連絡先、変わったら困るね」
律がスマートフォンを出す。芹も、消せなかった古い番号を表示した。
閉鎖のベルが鳴る直前、二人は別々の段ボールを持って外へ出た。レコードだけが、どちらの荷物とも決まらないまま、芹の腕の中に残った。