日輪狸の尾を挟んだ罠
廃れた山神社の裏で、夕方でもないのに空が赤く染まった。
村人たちは鍬や桶を持って駆けつけ、境内にうずくまる大狸を見て悲鳴を上げる。背に太陽の輪を浮かべる日輪狸。豊作をもたらす聖獣だが、怒れば野山を日照りに変えると言われていた。
「火を呼んでいる!」
「井戸水をかけて追い払え!」
神社に一人で暮らす巫女見習いのミオは、狸の尾が動かないことに気づいた。
ふさふさの尾の先が落ち葉の下へ隠れ、そこから血が細く流れている。赤い空は怒りではなく、痛みで力が漏れているのだ。
「水は待って。罠がある」
ミオが近づくと、日輪狸は背を丸めて牙を鳴らした。
彼女は毎朝供えている握り飯を半分に割り、自分で一口食べてから、残りを石段へ置く。
「毒じゃないよ。今日は胡麻塩も多め」
狸の鼻がひくひく動く。
握り飯へ顔を寄せた隙に、ミオは尾の下を覗いた。鉄の獣罠が先端を挟み、鎖は太い根へ繋がっている。錆びたばねは固く、少女の力では開かなかった。
村人が遠くから叫ぶ。
「放っておけ! 罠ごと焼けばいい!」
「痛いものを、もっと痛くしてどうするの!」
ミオは社の賽銭箱から棒を外した。罰当たりでも、神様を助けるためなら後で謝ればいい。
棒を罠へ差し込み、全体重をかける。腕が震え、掌の皮が剥けた。それでも日輪狸は暴れず、握り飯も食べずに彼女を見ていた。
ばねが開く。
狸が尾を抜いた瞬間、ミオは棒ごと後ろへ転がった。日輪狸は逃げなかった。傷ついた尾を舐めようとして届かず、困ったように丸い耳を伏せる。
ミオは井戸水で血を洗い、祭具の白布を裂いて包帯にした。残りの握り飯を手で崩すと、狸は今度こそ一粒残らず食べた。
村長が咳払いする。
「聖獣なら村で管理する。神社は廃止の予定だったが――」
日輪狸は村長に尻を向け、ミオの膝へ前半身を乗せた。背の光輪が小さくなり、彼女の腹に太陽印が灯る。
次いでごろんと転がり、傷のない腹を惜しげもなく晒した。
ミオが撫でると、狸の毛は乾いた稲穂のようにふわりと逆立った。抱えきれない腹は炊きたての米より熱く、膝からはみ出す重さが、空っぽだった社を今日から二人の家に変えていた。