旧校舎、五分後
十七時五十五分。波佐見諒平は旧校舎の資料室で、錆びた缶の蓋へカッターを入れた。
高校卒業から十年。十八時の同窓会でタイムカプセルを開ける前に、中のミニDVテープだけ抜き取る。それが目的だった。
後ろで元同級生が笑う。
「五分だけ、昔に戻れるな」
テープには、教師を退職へ追い込んだ文化祭の悪戯が映っている。仕掛けたのは諒平だ。今の彼は教育動画で人気を得て、市の若者代表にも選ばれている。映像が出れば全部終わる。
テープをポケットへ入れた瞬間、校内放送のチャイムが鳴った。
十七時五十五分。カッターの刃がまた蓋へ触れている。
二周目は空のテープと交換した。三周目は磁石で消去した。四周目は缶ごと窓から捨てた。十八時になるたびチャイムが逆回転し、錆も指の傷も元へ戻る。
「五分だけ、昔に戻れるな」
六周目、諒平は映像を確認した。十七歳の自分が放送室へ忍び込み、教師の声を切り貼りした音源を流す。皆が笑う。その後ろで、止めようとした同級生を突き飛ばしていた。
教師は責任を取って辞めた。同級生は犯人だと疑われ、卒業まで口を利かなくなった。諒平は「若気の至り」という言葉で、二人分の十年を畳んでいた。
八周目、消去は成功した。磁石を正しい角度で四秒当てれば映像は砂嵐になる。誰にも知られず、肩書も仕事も残る。翌週には『失敗から学ぶ教育』という講演まで予定されていた。消したテープの前で、その言葉を話す未来も選べた。
九周目。諒平はテープを消さなかった。
同窓会会場の再生機へ差し込み、開始時刻を十八時に設定する。さらに自分の配信アカウントへ同時公開を予約した。逃げ道を自分で塞ぐ。
元同級生が顔色を変えた。
「何をする気だ」
「昔に戻るんじゃない。昔を、今に持ってくる」
十八時。スクリーンに十七歳の諒平が映った。笑い声が止まり、端末には代表解任と広告契約停止の通知が届く。
時計は十八時一分へ進んだ。
諒平は説明を始めなかった。まず、映像の中で突き飛ばした相手の前へ、錆びたカッターを置いた。謝罪で十年は戻らない。その事実だけが、五分を越えて残った。