春まで預かるタイヤ
創平が地方の実家へ戻ったのは、雪が降る前だった。東京の会社を辞め、付き合っていた相手とも別れた。父には「休暇」とだけ伝えたが、義理の弟の基は何も聞かなかった。
代わりに、車庫から冬タイヤを四本出した。
「替えるぞ」
「まだ早くないか」
「明日、山は雪」
「俺、車乗らない」
「ここにいる間、父さんの軽使うだろ」
二人はジャッキを掛け、ナットを緩めた。創平は都会で車を手放して五年、手順を忘れかけている。基は整備士ではないが、農機具の修理に慣れていた。
「対角に締める」
「知ってる」
「今、順番違った」
「見てたなら先に言え」
基は笑わず、トルクレンチを渡した。昔からこうだった。創平が失敗してから、必要なものだけ差し出す。
親たちが再婚したとき、創平は高校三年、基は中学一年だった。同じ家にいたのは一年。創平は進学で東京へ逃げるように出た。基が卒業式に来たかどうかも覚えていない。
三本目を交換したところで、雨がみぞれに変わった。二人は車庫の奥へ移り、手を温めるため缶コーヒーを開けた。
「仕事、辞めたんだろ」と基が言った。
「父さんから聞いた?」
「スーツがない」
「持ってきてないだけ」
「革靴も」
創平は缶を握った。戻ってきた理由を説明する気はなかった。
「春までには決める」
「何を」
「次」
「そう」
基はそれ以上聞かず、四本目のタイヤを転がした。
交換後、外した夏タイヤを洗った。泥を落とし、水気を拭く。基は一本ずつ白いチョークで位置を書いた。右前、左前、右後、左後。その横に小さく〈創〉と書いた。
「父さんの車だろ」
「春におまえが戻すかもしれない」
「いなかったら?」
「そのまま預かる」
タイヤは車庫の壁際へ積まれた。創平の名前が一番上に見える。
翌朝、本当に雪が積もった。創平が台所へ行くと、車の鍵と雪かき用の手袋が並べてあった。父はまだ寝ている。基はすでに仕事へ出ていた。
創平は車を使わず、家の前の雪をかいた。隣家との境まで終えたあと、道具を車庫へ戻す。夏タイヤの上には古い毛布が掛けられていた。
春までという期限は変わらない。けれど創平は、自分の荷物を置く棚を一段だけ空けた。