晴れを見送った窓

高遠菜摘が目を覚ましたとき、雨が降り始めていた。

午後五時十三分。朝の天気予報は〈降水確率十パーセント、一日を通して洗濯日和〉だった。菜摘はシーツを洗い、近くの公園でサンドイッチを食べるつもりでいた。昨夜、パン屋のレシートを冷蔵庫へ貼り、残りのバゲットまで取っておいた。

窓を開けると、向かいのベランダでは乾いたタオルが取り込まれている。自分の洗濯かごは、朝と同じ量で床にある。晴れた一日だけが、部屋の外で正しく使われて終わったようだった。

スマートフォンには、公園の青空を写した投稿が並んでいた。木漏れ日の下のコーヒー、白いスニーカー、芝生に伸びた二人分の影。菜摘はカーテンを閉めようとして、雨の匂いに手を止めた。

細い雨粒が手すりを暗くしていく。昼までの空を見ていない自分には、晴れから雨へ変わる途中を説明できない。それでも今の空は、見ている。

バゲットは少し固くなっていた。薄く切り、バターを塗って焼く。公園用に買った紙ナプキンを一枚だけ皿の下へ敷いた。雨音を聞きながら食べると、焦げた端が思ったより香ばしかった。

洗濯は明日にする。シーツも替えない。菜摘は天気アプリの〈今日を有効活用できましたか〉という質問を閉じた。

晴れを逃したことは変わらない。だからといって、夕方から晴れたふりをする必要もない。窓辺に椅子を寄せ、濡れていく手すりを眺めた。

公園へ持っていくはずだった布のバッグは、玄関のフックに掛かったままだった。中には文庫本と、開けていない小さなジュースが入っている。菜摘はジュースだけ取り出し、窓辺で飲んだ。外へ持ち出せなかったものを、部屋で使うのは負けではない。紙ストローは雨音に合わせるように、カップの中で少しずつ柔らかくなった。

ジュースの底に残った氷は、外の雨よりゆっくり溶けた。菜摘は公園の本を開かず、濡れていない表紙を指で撫でただけにした。

今日は晴れを使えなかった。その代わり、雨になったあとの十分を見送らずに済んだ。