最後の一皿は彼女のもの

シェリーは、自分の料理を勝手に取られるのが嫌いだった。

王宮厨房の下働きだったころ、完成した皿はいつも上役の手柄になった。味見だと言って指を入れられ、失敗すれば彼女の名だけが出された。

ローランド公爵の専属料理人になってから、その癖は少しずつ消えた。

彼は厨房へ入る前に必ず「入っていいか」と尋ねる。試作品が置かれていても、シェリーが頷くまで触れない。誰に対しても命令口調の冷徹公爵が、料理の前でだけ待つのだ。

ある日、王宮の晩餐会へ新作の肉料理を出すことになった。香草を焦がし、酸味のある果実で脂を切る。公爵が一度「後味が軽い」と言った皿を、シェリーは十回作り直した。

配膳直前、王太子が厨房へ現れた。

「これが噂の皿か」

返事を待たず、銀匙を伸ばす。

ローランドが匙の柄を押さえた。

「まだ彼女が出すと言っていない」

「余が味見をしてやるのだぞ」

「だから何だ」

厨房が凍りつく。ローランドは親族の嘆願も聞かず、領地の不正を一夜で処断した男だ。その冷たさが王太子へ向く。

シェリーは慌てて言った。

「どうぞ、お召し上がりください」

だが公爵は手を離さない。

「食べてほしいのか。断れないだけか」

問いかけられ、胸の奥が痛んだ。断れば晩餐会から外される。公爵にも迷惑がかかる。

「……まだ、盛り付けを直したいです」

ローランドは匙を王太子から取り上げ、皿をシェリーへ戻した。

晩餐会では、王太子が不機嫌そうに告げた。

「この料理人を王宮へ召し上げる。公爵家には別の者を送ろう」

貴族たちは栄誉だと拍手した。シェリーの雇用契約など、王命の前では紙切れだ。

ローランドは拍手を一瞥で止めた。

「本人に聞け」

「料理人が王命を拒めると?」

「彼女の腕も人生も、皿のように勝手に取るな」

彼はシェリーを自分の背後へ隠さず、王太子の正面へ立てる場所を空けた。

「王宮へ行くか、公爵家へ残るか、料理人を辞めるか。選べ」

シェリーは最後の一皿を抱えたまま、はっきり答えた。

「公爵家に残ります。今夜の皿も、私が出す相手を決めます」

ローランドが席へ戻る。

「では最初の一口を頼めるか」

彼は匙に触れず、シェリーが差し出すまで待っていた。