最後の観覧車
「高いところは嫌いなんだ」
高校二年の夏、逢坂蒼士は白河乃々花との約束に遅れて現れ、遊園地の観覧車を見上げてそう言った。
乃々花は頂上で告白するつもりだった。けれど蒼士は乗らず、気まずいまま夏が終わった。翌春、乃々花の家が引っ越し、二人は連絡先を交換しないまま離れた。
十年後、その遊園地が閉園すると知り、乃々花は最終日に一人で訪れた。最後に観覧車へ乗り、十七歳の自分を笑って終わらせるつもりだった。
長い列の最後尾に、蒼士がいた。
「偶然?」
「乃々花が来るって、商店街のおばさんから」
蒼士は十年前の半券を財布から見せた。乗らなかった観覧車の券を、捨てることだけはできなかったらしい。乃々花も、告白を書くはずだったメモをまだ手帳に挟んでいた。
彼は昔より落ち着いた顔で、けれど観覧車を見上げるたび喉を動かした。本当に高いところが苦手だったのだと、乃々花は今さら気づく。
「無理しなくていいよ」
「前もそう言えばよかった。嫌なのは観覧車で、乃々花と乗ることじゃなかった」
ゴンドラの扉が閉まる。蒼士は手すりを握り、景色を見ない。乃々花は笑いをこらえながら、向かいではなく隣へ座った。
半分まで上がったところで、ゴンドラが風に揺れる。蒼士の手が伸び、乃々花の指をつかんだ。
「怖い?」
「怖い。でも今度は、逃げたくない」
頂上へ着くころには、二人の指はしっかり絡んでいた。乃々花は用意していた昔の言葉を口にしなかった。代わりにスマホを開き、翌月、海辺の小さな遊園地の入場券を二枚買う。そこにも観覧車がある。
「次も乗るの?」
「嫌なら、地上のベンチでもいい」
「乗る。乃々花が隣なら」
ゴンドラがゆっくり降りる間、蒼士は次の遊園地までの経路を調べ、乃々花は待ち合わせ時刻を一時間早めた。地上へ戻り、係員が扉を開ける。蒼士は安堵の息をついたのに、手だけは離さない。乃々花もそのまま彼を出口へ引いた。
「高いところは嫌いなんだ」と言った十年前、乃々花は自分が拒まれたと思った。
最後の観覧車で同じ言葉を聞いたとき、それは嫌いなものまで一緒に越えたい相手へ向けた、次の約束に変わっていた。