月一回の家計簿祭り
矢羽根咲良と余吾省吾は、毎月最後の日曜に家計簿祭りを開く。
二人は四十代で会社を辞め、貯蓄と個人年金を頼りに小さな家で暮らしている。
祭りと呼んでも、領収書を並べて電卓を叩くだけだ。名前を楽しくしないと、どちらも始めない。
「今月の謎の支出」
咲良がレシートを掲げる。
「木製の鳥」
「庭の棚にいる」
「必要だった?」
「必要ではない。欲しかった」
「潔い」
省吾は、咲良が三回買ったプリンを指摘した。
「これは?」
「期間限定」
「期間中に三回」
「限定を尊重した」
会議はすぐ雑談へそれた。
予算は大きく超えていなかった。
電気代は少し高い。外食は少ない。娯楽費の半分は、木製の鳥とプリンだった。
「もっと使っても大丈夫なんじゃない?」
省吾が言う。
「働いてないのに?」
「働いてた頃に貯めた」
「減るのが怖い」
「減らさないと、何のために貯めたか分からない」
二人は電卓を挟んで黙った。
祭りの後半は、翌月の楽しみを一つ決める。
これまでは無料の公園、図書館、家で映画だった。
省吾が温泉旅館のチラシを出した。
「一泊」
「高い」
「平日割引」
「無職の強み」
「そこは活用しよう」
咲良はしばらく金額を見ていたが、予約の電話をかけた。
平日の空いている日を選び、山側の小さな部屋を取る。
電話を切ると、まだ何も起きていないのに少し旅の匂いがした。
家計簿祭りの締めは、パンケーキだった。
省吾が粉を混ぜ、咲良がフライパンで焼く。
一枚目は焦げ、二枚目は丸く、三枚目は小さくなった。
蜂蜜とバターを載せると、数字の並んだ卓が甘い湯気に包まれた。
「旅館で何する?」
「温泉」
「そのあと」
「寝る」
「家と同じ」
「場所が違う」
二人は納得した。
レシートを封筒へしまい、木製の鳥を窓辺へ移した。
夕日を受けると、ただの置物が遠くを見ているように見えた。
咲良は温泉代を家計簿へ入力し、費目を迷った末、〈生活費〉にした。
楽しむことも、二人の暮らしを続けるための費用だ。
部屋には焼いたバターと蜂蜜の香りが残り、予約日までの二週間が、パンケーキの間の温かな層のようにふくらんでいた。