月蚕はベルを鳴らさない
夜のあいだに、月蚕は銀色の繭を作る。
朝になると、桑棚の下を歩く糸巻き人形が、空になった繭だけを見分けて集める。中に幼虫がいるものには触れない。集めた繭は糸にされ、反物商の転送箱へ収まる。
クオンは工房の戸を半分だけ開け、朝の光を眺めていた。
紡績工場にいた頃、窓はすべて閉じられていた。糸に埃がつくからという理由で、夏も熱気の中で働いた。灰色の作業服は脇が汗で変色し、耳には今も終業ベルの幻が残る。ベルが鳴っても、注文が多ければ帰れなかった。
糸巻き人形は音を立てずに動く。急かす監督も、針の速度を競う札もない。
朝日が工房の奥まで届いたころ、転送箱に文字が浮かんだ。
《銀糸十巻、反物商が受領。代金入金完了》
工場で一か月働いた額に近い。クオンは数字を見て、それから自分の指を見た。今日はまだ一本も血が出ていない。
工場では傷のない日は、働き方が足りないと笑われた。ここでは糸巻き人形が絡まりを見つけると止まり、無理に引かない。止まることを失敗にしない機械を見ていると、クオンの指先の痛みまで少しずつ過去になった。
戸口に黒い伝令蛾が止まる。
『第一工場の機械が停止。熟練者が足りない。復職せよ』
元工場長の命令だった。
『しません』
『一日でいい』
『一日が三日になる職場でした』
『若い工員が帰れず困っている』
クオンの手が止まる。卑怯な言葉だった。けれど、戻れば工場長はまた「クオンがいるから」と人を減らすだろう。
『全員を帰して、機械を止めてください』
『納期に間に合わん』
『人の指より納期を守る工場には戻りません』
『お前の代わりはいくらでもいる』
クオンは小さく笑った。
『では、その方に頼んでください』
伝令蛾の印を消すと、黒い羽はただの紙へ戻った。
糸巻き人形も作業を終え、棚の下へ座る。工房に終業ベルはない。だからクオンは、自分で終わりを決めた。
戸を閉め、桑の木陰へ敷物を持っていく。月蚕が眠る昼、彼も誰にも鳴らされず眠ることにした。