未読の棚

閉館後、影は持ち主が読み終えなかった本を借りる。

人間とは別の利用券を使い、同じ棚へ入ってはいけない。影が本へ栞を挟んだ場合、持ち主は翌日の閉館までにそのページから読み始める。期限を過ぎた未読本は、持ち主の記憶から題名だけが回収される。

逆井修司は、出版社で校閲をしていた。

他人の文章を一日中読み、自分の小説は三年間書いていない。新人賞の最終候補まで残った原稿は、落選通知と一緒に机の引き出しへしまった。何度開いても最後の十枚が読めず、題名だけが妙に立派に見えた。

会社帰りに寄る図書館では、二十一時の閉館ベルで影を切り離す。人間が正面玄関から出た後、影たちは返却口を逆向きに通り、未読の棚へ歩いていく。修司の影も毎晩一冊借り、翌朝には足元へ戻った。何を読んだか尋ねることは禁止されている。

十二月、図書館から影用の督促状が届いた。

《書名:まだ題名のない部屋》

それは修司が書いた小説の旧題だった。出版されていない原稿が、影の蔵書として登録されている。返却期限は翌日。督促状には、未読の棚・十三列目とある。

閉館後、人間は影と同じ棚へ入れない。修司は翌朝を待った。だが影は戻ってこなかった。足元のないまま出社し、赤字を入れ、著者へ確認を送り、誰にも気づかれず一日を終えた。

夜、図書館の受付で事情を話すと、司書は「持ち主が未読なら、原稿も本として扱います」と答えた。影が栞を挟んだ場合だけ、人間は読むことができる。

閉館ベルの直後、十三列目から修司の影が出てきた。原稿の束を抱え、貸出机へ置く。最後の十枚の間に、細い栞が挟まれていた。

栞は落選通知を縦に切ったものだった。表には《今後のご活躍を》の半分だけが残っている。裏には影の黒い指で、ページ番号が一つ書かれていた。

修司は閲覧席へ座り、そのページから読んだ。文章は昔の自分が書いたままだった。主人公は部屋を出ようとして、最後の一文の手前で止まっている。修司は読者として、その続きを待った。

閉館まで二十三分。修司は受付で鉛筆を借り、空白の最終ページへ一行だけ書いた。影は向かいの席で、持ち主より先に立ち上がった。

翌朝、原稿は返却棚から消えていた。机には栞だけが残った。落選通知の紙は端から黒く焦げ、切れ残った文字が《ご活躍を待っています》に変わっていた。

栞の先には、乾いたインクで小さなドアノブが描かれていた。