未送信の訃報

月岡忍は企業広報の仕事をしていた。二十七歳。文章を先に用意しておく癖があり、祖母が入院すると、親族へ送る訃報メールの下書きを作ろうとした。

月岡家には、死亡通知を代筆してきた家系らしい古い書状が残っている。箱の蓋には一つだけ禁忌が書かれていた。

《生きている家族の訃報を、下書きにしてはいけない》

祖母は、下書きは宛先のない知らせではなく、死ぬ相手へ先に届く手紙だと言った。忍は縁起担ぎと受け流したが、母から病院の連絡網を整えてほしいと頼まれた。

古い書状には、送られなかった訃報ほど早く現実になった記録がある。封をしなかった伯父は翌朝、宛名を書かなかった曾祖母はその日のうちに亡くなった。唯一助かった者は、下書きを別の家族の誕生通知に書き換えていた。

深夜、忍はメールアプリを開き、件名へ「祖母逝去のお知らせ」と入力した。本文は送らず、日時と葬儀場だけ空欄にする。一度保存した瞬間、空欄へ数字が自動で入った。宛先欄には連絡網の親族ではなく、忍がこれまで名刺交換した全員と、市役所の死亡届受付アドレスが並んだ。死亡日時は翌朝六時十二分だった。

慌てて削除すると、ゴミ箱からも消えた。祖母は翌朝六時十二分に目を覚まし、容体も安定した。忍は偶然だったと安心した。

だが会社へ着くと、同僚たちが黒い服で忍を待っていた。全員の受信箱に、忍自身の訃報が届いている。送信者は祖母、死亡日時は今朝六時十二分。忍が話しかけても、同僚は「ご家族のアカウントが残ってる」と画面だけを見た。

病院へ電話すると祖母が出た。

『忍の分は私が下書きしておいたよ。これで順番は戻った』

通話が切れ、メールアプリに未送信が一件増えた。作成日は忍が生まれた二十七年前。件名は《月岡忍誕生のお知らせ》だった。

本文には「本日、予定どおり一名を借りました」とある。

画面下の送信ボタンが勝手に「返送」へ変わった。指を触れていないのに処理が始まり、日常的な通知音が鳴る。

《月岡忍さんを送信しました》

同僚の一人が、誰もいない椅子から忍のスマートフォンを拾い上げた。