机に刻んだ東京
同窓会の教室で、楓佳は自分の机を見つけた。
天板の右端に、コンパスの針で「TOKYO」と刻んである。高校三年の冬、地元を出ることだけを希望にしていた自分の字だ。
東京へ行けば、家族の期待も、狭い人間関係も、全部置いていけると思っていた。卒業式後、窓際の席でその文字を指になぞり、生駒へ言った。
「次に戻るのは成功したとき」
生駒は笑わず、「じゃあ帰ってこられないじゃん」と答えた。冗談だと思って腹を立てた。
十年後、楓佳は東京の会社を退職し、半年だけのつもりで実家へ戻っている。過労で眠れなくなったことは伏せ、「次を考え中」と説明した。名刺を交換する同級生たちの間で、自分だけ時間が逆向きに流れている気がした。
机の刻みには、見覚えのない文字が続いていた。
「TOKYO また帰れ」
誰が足したのか、生駒に尋ねると首を振った。「俺じゃない。でも、いい字だな」
教室は何年も別の生徒たちに使われてきた。楓佳の決意の隣へ、知らない誰かが勝手に帰り道をつけたのだ。
同級生が「いつ東京へ戻るの」と聞いた。楓佳は、反射的に「すぐ」と答えかけた。
「戻るかもしれないし、ここで働くかもしれない。まだ決めてない」
口にすると、曖昧さは敗北ではなく余白に聞こえた。
帰りの駅で、東京にある会社の面接案内を開く。交通費は自己負担。以前なら片道切符を買い、戻らない覚悟を証明しただろう。
楓佳は往復切符を選んだ。
面接を受けてもいい。落ちてもいい。東京へ行って、この町へ帰ってもいい。どちらも自分の進行方向だ。
切符を財布へ入れると、指先に机の傷の感触が残っていた。十七歳の自分が刻んだ行き先を消さず、その隣へ、二十八歳の自分が帰路を足す。
面接の翌日は、地元の友人と昼食の約束を入れた。どちらかを選ぶまで片方を空白にする癖を、もうやめたかった。往復切符は迷いではなく、両方の自分へ帰るための線だった。
列車の時刻表には、上りと下りが同じ大きさで並んでいた。