栗ごはんの湯気

 森丘佳乃と弟の和樹は、秋になると実家へ呼ばれた。

 母が栗を一箱もらうたび、「二人なら早い」と皮むきを任されるからだ。

 社会人になってから顔を合わせるのは年に数度で、話題は仕事と天気くらいだった。

 台所の卓へ栗を山盛りにし、ぬるま湯へ浸す。

「どっちが鬼皮?」

 和樹が訊く。

「外の硬い方」

「じゃあ中のは?」

「渋皮。毎年説明してる」

「一年たつと忘れる」

 佳乃は小刀で器用にむき、和樹は実まで大きく削った。

「もったいない」

「小さくても栗は栗」

「量が減る」

「どうせ炊けば混ざる」

 母は二人へ任せ、庭で洗濯物を取り込んでいた。

 昔なら、佳乃は弟の雑さに腹を立てた。弟も、姉の細かさを面倒がった。

 けれど今日は、黙って栗を回す。

 刃が皮へ入る音、湯の中で栗がぶつかる音。沈黙は気まずくなく、手元だけで会話が続いた。

「最近、仕事どう?」

 和樹が訊いた。

「普通。そっちは?」

「普通」

「それ、話が終わる答え」

「姉ちゃんも」

 二人で笑った。

 米を研ぎ、栗と塩を入れて炊飯器の蓋を閉める。

 炊けるまで、庭の柿を一つずつ収穫した。

 和樹が脚立を押さえ、佳乃が実を取る。子どもの頃は逆だったと母が言う。

「大きくなったからね」

「姉ちゃんは横に」

「落とすよ」

 柿を掲げると、和樹が逃げた。

 炊飯器が鳴り、蓋を開けた。

 白い湯気の中に、黄色い栗がいくつも見える。大きなもの、小さなもの、削れたもの。しゃもじで混ぜると、ほくりと割れた。

 三人で卓を囲み、最初の一膳を食べた。

 塩気のある米と栗の甘さ。母が出した茸の味噌汁から、土のような香りが立つ。

「来年も頼むね」

 母が言う。

「皮むき器、買えば?」

 和樹が答える。

「二人が来なくなるでしょう」

 佳乃と和樹は同時に黙り、それから同時に「来るよ」と言った。

 帰り、母は栗ごはんを二つの容器へ分けた。

 佳乃の方には大きな栗、和樹の方には小さな栗が多い。

「母さん、分け方が露骨」

「混ぜれば同じでしょう」

 車の中には、栗と味噌汁の温かな匂いが残った。

 佳乃は弟の車が角を曲がるまで見送り、来年は皮をむく前に、もう少し仕事の話を聞いてみようと思った。