梅雨の段ボール
八代敦士が父から電話を受けたのは、大雨警報が出た夕方だった。
「車庫に水が入る。箱を上げる」
「業者は」
「今夜来る業者がいるか」
康成とは、敦士がバンドを辞めてからほとんど話していない。正確には、父に機材を捨てられたと思い込み、家を飛び出してからだ。確かめる機会を、六年間つくらなかった。
車庫の床には、すでに薄く水が広がっていた。二人は段ボールを抱え、家の二階へ運んだ。食器、工具、古い帳簿。康成は軽い箱を敦士へ渡し、自分で重い箱を持とうとする。
「逆だろ」
「お前、腰弱い」
「高校の話だ」
「腰は一生ものだ」
階段を往復するたび、濡れた靴下が鳴った。
奥に、黒いビニールで何重にも包まれた大箱があった。敦士が持ち上げると、中で金属がかすかに震えた。
「これ」
「早く上げろ」
「開けるぞ」
中には小型アンプ、エフェクター、マイクスタンド。錆止めの油紙に包まれ、乾燥剤まで入っている。捨てられたと思っていた機材だった。その下には、自主制作したCDが十枚、ライブのチラシと一緒に挟まれていた。
「何で持ってた」
「売っても二束三文だった」
「そうじゃなくて」
「雨の日に話すことじゃない」
康成は箱の蓋を閉めた。謝る気がないのか、言葉を探せないのか。敦士にも分からない。
水位が上がり、最後の箱を運ぶ頃には玄関まで雨音が響いていた。二階の廊下は荷物で埋まった。康成は油性ペンを取り、箱の側面に中身を書いていく。
「食器」「冬物」「帳簿」。
機材の箱で手が止まり、「敦士」とだけ書いた。
「持って帰る」
「今日は濡れる」
「明日」
「置く場所ないんだろ」
図星だった。敦士のワンルームにはアンプを鳴らす場所もない。
康成は箱を廊下ではなく、空いたままの昔の部屋へ運んだ。敦士はしばらく立っていたが、玄関に置いていた今のギターケースを取りに戻った。
それを箱の横へ立てる。康成は何も言わず、部屋の除湿機のスイッチを入れた。