検索できない旧字

大学図書館で古文書の目録を作る藪塚朔は、読めない字を見ると検索せずにいられなかった。

深夜の電車が停まった駅には、三文字の駅名標があった。後ろ二字は「無駅」。最初の一字だけ、旧字らしい複雑な形で読めない。

ホームの柱に、油性ペンで注意が書かれていた。文字の周囲には検索窓を模した四角が無数に描かれ、その中の人名だけが爪で削られている。

《駅名の旧字をスマホで検索してはいけない。読めたものは、検索結果の側へ移される》

朔は写真だけ撮って帰ろうとした。しかし電車は去り、出口もない。字を読めば地名から現在地を割り出せると思い、画像検索へかけた。

結果は「歸」だった。

検索欄には自動で「歸無駅」と入った。該当する駅はありません、と表示された直後、画面が更新された。

《歸無駅と関連性の高い人物:藪塚朔》

自分の大学プロフィール、SNS、論文、学生時代の大会記録が並んだ。どれも開くと「ページが存在しません」になる。

線路の向こうで電車の音がした。朔はスマホを握ったまま乗り込み、朝には普段の駅へ戻れた。

図書館へ出勤すると、職員証が使えなかった。メールアドレスも無効。上司は朔の顔を見て、見学者だと思った。

銀行アプリは「口座が存在しません」。行政サービスは「該当する住民記録がありません」。自宅の電子錠にも、登録された利用者が一人もいなかった。

母へ電話した。

「朔だけど」

長い沈黙の後、母は丁寧に言った。

「番号をお間違えではありませんか」

通話が切れると、ブラウザから検索結果の更新通知が来た。

《歸無駅の存在を確認しました》

駅の説明欄には、朔の経歴がそのまま掲載されていた。開業日は誕生日、廃止予定日は空欄。写真には、昨夜のホームに立つ朔が写っている。

スマホの連絡先アプリで自分のカードを開く。

名前は消え、灰色の文字が表示された。

《存在しない連絡先》

その直後、乗換案内アプリが位置情報を取得した。

《現在地:歸無駅》

朔は自宅の玄関前に立っていた。地図上では、建物も道路も消え、彼のいる場所に一本のホームだけが描かれていた。