欠けた杯の継ぎ目

食器庫の床に、青磁の杯が七つの欠片になっていた。

割れた器を金で継げば、器は割れた瞬間に見た真実を一度だけ映す。代わりに、継いだ者は器の持ち主との思い出をすべて失う。

杯の持ち主は、王女付きの侍女だった。ドロテアの親友でもある。

昼の茶会で王女が倒れ、杯から毒が見つかった。茶を注いだ親友は牢へ入れられ、夜明けに尋問を受ける。彼女は「砂糖を取りに背を向けた間に、誰かが卓へ近づいた」と言ったが、客たちは全員否定した。

真実を見たのは、卓上の杯だけだった。

食器係のドロテアは、金粉と漆を並べた。欠片の縁へ筆を入れれば、親友と過ごした九年が代価になる。

奉公初日、広すぎる廊下で迷ったこと。二人で一枚の毛布にくるまった冬。失恋した夜に、親友が厨房から盗んできた林檎を無言で剥いてくれたこと。いつか王宮を辞めたら、海を見に行こうと約束したこと。

それらが全部消える。

「証言だけでは足りないのですか」

見張りの衛兵へ尋ねると、首を横に振られた。

「客は公爵家の者ばかりだ。侍女一人の言葉では覆らない」

牢から伝言が来ていた。

――杯は直さないで。私を助けるために、私を忘れないで。

親友らしい言葉だった。自分が怖いはずなのに、ドロテアの記憶を心配している。その優しさを覚えていたいと思うほど、失う重さが増した。

ドロテアは最初の欠片を繋いだ。

金の線が走るたび、記憶が一つずつ暗くなる。初めて呼ばれた愛称。夜食の味。海の絵を見ながら笑った声。

最後の欠片を嵌める直前、手が止まった。ここを閉じれば、親友はただの同僚になる。助けたい理由さえ分からなくなるかもしれない。

それでも牢の鍵が鳴る音を思い、欠片を押し込んだ。

杯の表面に昼の茶会が浮かぶ。王女の背後に立った公爵夫人が、指輪の蓋を開け、茶へ白い粉を落とした。

衛兵が息を呑み、証拠を持って走り出した。

金継ぎの光が消える。

入れ替わるように、牢から解放された侍女が食器庫へ駆け込み、ドロテアを抱きしめた。

「ありがとう。私、あなたを一生――」

ドロテアは腕の中の女をそっと離した。

涙で濡れたその顔に、見覚えはなかった。けれど修復した杯を見れば、この人のために大切な何かを払ったことだけは分かった。