欠席者だけの同窓会
十三階の同窓会へ入るときは、自分の名前を使ってはいけない。
受付で、欠席する同級生の名札を一枚選ぶ。会場ではその名前で呼ばれ、その人物が卒業文集に書いた言葉だけを最初の挨拶に使う。帰る前に、入場時とは別の名札へ交換する。自分の名札をつけた者と話しても、正体を尋ねてはいけない。
藍澤は、卒業以来初めて出席した。
ホテルのエレベーターに十三階のボタンはなかったが、招待状を差し込むと扉が途中で開いた。受付には欠席者の名札が並んでいる。藍澤は「折部」を選んだ。
折部は高校二年の冬から学校へ来なくなった。藍澤たちは机を物置にし、戻ってきた一日だけ、上履きを隠した。卒業名簿には名前があるが、誰もその後を知らない。
名札を胸につけると、受付係が言った。
「挨拶をどうぞ」
折部の卒業文集の一行が口から勝手に出た。
「将来は、誰にも見つからない仕事をしたい」
会場には二十人ほどいた。顔は見覚えがあるのに、全員が別人の名前で呼ばれている。藍澤の名札をつけた男が、窓際で一人立っていた。
男は近づき、藍澤の文集の言葉を言った。
「いつか大勢の中心に立つ」
藍澤は笑えなかった。今の自分は、会社の集合写真でも端にいる。
二人は規則どおり、正体を尋ねず話した。男は折部の欠席理由を知っていた。藍澤が送った冗談のメッセージを、折部の母親が先に読んだこと。折部は十三階のある建物で働き始めたこと。話のどこまでが男自身の記憶かは分からない。
終了のベルが鳴った。
「名札を交換してください」
男が言った。
藍澤は「折部」を外し、男の胸から「藍澤」を受け取った。自分の名をつけることになるが、規則では入場時と別ならよい。
エレベーターを降りると、同級生たちは藍澤を見て「折部」と呼んだ。鏡の顔は自分のままだった。胸の名札だけが「藍澤」から「欠席」へゆっくり滲んでいく。
帰宅後、外した二枚の名札を机へ置いた。いつの間にか「折部」も持ち帰っていた。
二枚は糊もないのに表同士で貼りつき、剥がせなかった。間から白い息が漏れ、名札の安全ピンが内側で十三回、教室のチャイムのように鳴った。