止まった心の凱旋

ナルジェの心臓は、鐘が六度鳴る間に一度だけ動いた。

婚礼堂の中央で、花嫁フロナを覆う呪いが黒い花となって開いている。花弁の一枚一枚に、参列者の顔が浮かんでいた。

「もう戦わないで」

フロナの唇は動かない。声だけが呪いの中から届く。

ナルジェの力《遅心》は、勝利するたび心拍を遅くする。その代わり、止まった時間の隙間を動けるようになる。初勝利では一分に六十回だった。十勝後は三十回。二十勝した今は、一分に十回しか脈打たない。

次に勝てば、一分に一回になると医師は言った。あるいは、完全に止まる。

黒い花が参列者を飲み込み始めた。勝たなければ全員が花の顔になる。祭壇には、二人が読むはずだった誓いの紙があり、『同じ時を生きる』という一文だけが風に揺れていた。

ナルジェは剣を抜く。

心臓が鳴る。

音と音の間で、世界が止まった。飛び散る涙も、揺れる蝋燭も空中で静止する。彼だけが黒い花へ歩き、花弁を一枚ずつ切る。

九十九枚目を斬ると、中心にフロナがいた。胸へ黒い根が刺さっている。

「根を切れば呪いは死ぬ。私も死ぬ」

時間の止まった世界で、彼女の声だけが聞こえた。

「切らなければ」

「みんなが死ぬ」

ナルジェは彼女の頬へ触れた。冷たいのか温かいのか、自分の手が冷えすぎて分からない。

「次の心拍までに決めて」

長い静寂の末、彼は根を切った。

黒い花が崩れ、参列者が床へ戻る。フロナは彼の腕の中で一度だけ息を吐いた。

勝利の鐘が鳴る。

ナルジェの心臓は鳴らなかった。

それでも身体は立ち上がった。《遅心》が、次の鼓動までの隙間を無限に引き延ばしたのだ。

参列者は彼を英雄と呼んだ。彼はフロナの遺体を祭壇へ横たえ、花冠を整えた。

「生きているのですか」と司祭が尋ねる。

ナルジェは胸へ手を当てる。音はない。悲しみも、恐怖も、時間とともに進むものはすべて停止していた。

「次の一拍までは」

彼はそう答えて歩き出した。

胸元に挿された白い花は、足音にも風にも一度も揺れなかった。