残り頁の表紙

橘川郁実は、製本所・紙魚へ、旅のノートを持ち込んだ。亡くなった友人がこの店で選び、旅のたびに背を直してもらった一冊だ。右ページを友人、左ページを郁実が担当している。二人で巡った町の切符や店の印が貼られ、途中から先は白紙だった。白紙だけが、旅の続きを待っているように見えた。

友人が亡くなったあと、小さな出版社から、このノートをもとに紀行文を書かないかと連絡が来た。生前、友人が企画を持ち込んでいたらしい。編集者は「二人の本として」と言ったが、続きを書くのは郁実一人だ。その事実が、友人の名前を借りて仕事を得るようで嫌だった。

断る前に、傷んだ背だけ直しておこうと思った。ノートは何度も開いたせいで糸が切れ、最後の数枚が外れかけていた。製本所の主人は、ページを一枚ずつ確かめ、写真や切符を剥がさないよう薄い紙を挟んだ。

郁実は、空白のページを全部切り取ってほしいと頼んだ。旅はそこで終わったのだから、残す意味がないと思った。

主人は返事をせず、綴じ糸をほどいた。だが切り取ったのは破れた一枚だけだった。残る白紙はそのまま揃え、友人の筆跡がある右ページも、郁実の文字がある左ページも、同じ強さで新しい糸に通した。

表紙はひどく汚れていたため交換することになった。主人は題名を書いた古いラベルを慎重に剥がし、新しい灰青色の布へ貼り直した。ラベルには、友人が書いた題名と、二人の姓が並んでいた。主人はそれを消さず、下へ小さな空白ラベルを一枚足した。

会計の際、主人は細いペンをその空白の上へ置いた。何を書くべきかは言わない。郁実はしばらく迷い、「続き 橘川郁実」と記した。友人の名と同じ大きさにはせず、隠れるほど小さくもしなかった。

店を出ると、出版社への返信期限まで一時間あった。郁実はノートを膝に置き、メールを開く。

「二人の本ではなく、途中から私一人が書く本になります。それでもよければ引き受けます」

送信したあと、最初の白紙を開いた。右か左かを選ばず、頁の中央に今日の日付を書いた。