水槽の裏の便
閉館後の水族館で、施錠された海底トンネルのベンチに保冷小包が届いた。巡回員が午後九時に確認した時はなく、九時半には置かれていた。観客用扉は二重施錠され、非常口の開閉記録もゼロ。箱には、研究室から消えた新薬の試料が入っていた。
館内に残っていたのは飼育員の堀川、獣医の相沢、清掃主任の秋津。堀川は餌場、相沢は診療室、秋津は売店区画にいた。三人とも試料の副作用を知り、匿名で返却して責任を免れたい事情があった。トンネル内のカメラは水槽照明の反射で白く曇り、人の侵入がなかったことしか判別できなかった。
学生助手の榊原が整理した手掛かりは三つだった。封緘テープの下に、餌用ニシンの銀色の鱗が一枚挟まっている。箱は室温のベンチにあるのに、内部だけ四度に保たれていた。そして餌搬送コンベヤーの光電計は四箱の通過を記録したが、堀川の作業表には三箱と書かれていた。
相沢は保冷剤を使えば温度は説明できると言った。秋津は観客通路の清掃道具箱に隠した可能性を挙げた。堀川は光電計が魚の尾を数えたのだと笑った。しかしセンサーはコンベヤーを横切る箱の幅でのみ一回と数えるよう設定されている。相沢が四箱目の行き先を尋ねると、堀川は答えず、餌場の鍵を握ったまま視線をそらした。秋津には搬送機を起動する権限がなかった。
海底トンネルの壁裏には、展示水槽の上へ餌箱を運ぶコンベヤーが走る。途中に清掃用の受取口があり、そこを開けば箱は観客通路側のベンチ裏へ落ちる。魚を運ぶ三箱に小包を一箱混ぜれば、施錠扉を通らず目的地まで届く。
「鱗は餌箱と重ねた証拠、四度の内部温度は冷蔵餌庫から出た証拠、四回目の計数は記録から消された小包です。堀川さんは新薬を保冷箱へ入れ、餌搬送ラインに載せた。あなたの作業表だけが三箱と偽ったのは、四箱目を存在しないことにするためでした。魚の通り道は人の警備対象ではない。その一本が、閉館後の宅配路になったのです。ベンチ裏の受取口を閉めたままでも、箱は押されて足元へ滑り出す。監視映像の白い影は配達人ではなく、最後の餌箱に続いて落ちた小包そのものでした」