水袋に入れる白い粒
軍団長カエドは、野戦料理人ティルダを「鍋を振るだけの非戦闘員」として軍籍から外した。
翌日、南部軍は予定通り砂丘を越えた。敵との接触まで半日。ところが最初の休憩で、兵士たちが次々と倒れた。
水は十分にある。全員が規定量を飲んでいた。それでも頭痛と吐き気が広がり、足がもつれる。
軍医は水袋を調べ、ようやく気づいた。
「白い粒が入っていない」
ティルダは毎朝、水へ塩晶と蜜粉を決まった比率で溶かしていた。汗で失うものを補い、水を身体へ留めるためだ。兵士たちは甘じょっぱい味を嫌い、ただの料理人の工夫だと思っていた。
新任の給食係は、カエドの命令で真水だけを配った。兵は飲んだそばから汗として失い、体内の塩分だけが薄くなった。戦う前に、三百人が歩けなくなった。
丘の向こうには敵の偵察旗が見えていた。だが追う兵も、陣形を組む兵も立てない。カエドは塩を直接舐めさせ、何人かをさらに吐かせた。白い粒は薬ではなく、水と身体をつなぐ比率だった。比率を知る者を除名した紙だけが、軍団長の手元に残った。
同じ時刻、ティルダは砂漠都市の井戸広場で白い粒を量っていた。巡礼者へ小袋を渡し、水一袋に対する分量を紐の結び目で示す。文字が読めない者でも間違えない。
夕方、砂嵐から戻った隊商主が、全員無事なことを確かめて彼女の前へ膝をついた。
「去年は同じ道で四人失った。今日は子どもまで自分で歩いて帰った。あなたを〈砂路給水官〉として雇わせてほしい」
ティルダには井戸の管理権と、配合を変える裁量が与えられた。料理人に命令するのではなく、出発時刻を彼女へ相談する者たちだった。
夜、南部軍の伝令が駆け込んだ。
「軍団長命令だ。白い粒を全量供出し、軍へ復帰せよ。従えば脱走の罪は問わない」
ティルダは静かに軍籍除名書を広げた。そこにはカエド自身の署名がある。
「脱走ではありません。あなた方が私を除名しました」
彼女は新しい給水官章を首へ掛けた。
「南部軍との任用契約は、この署名がされた時点で終了しています」