氷棺に春を一度だけ
「能力なしのくせに冬を止めるなど、虚言にもほどがある」
女王の弟はそう告げ、八代美月を透明な氷棺へ閉じ込めた。
雪王国では十年間、夏が来ていない。
転生した美月は農村で温室を作り、わずかな青菜を育てた。ところが王弟は、永冬が神聖な加護だと説き、燃料と保存食を独占していた。
「春が来れば人は救われる」と言った美月は、神意を疑った罪で凍結刑になった。
氷棺は宮殿前へ置かれる。
冷気を送るのは、城壁に巻きついた古代の霜竜だった。騎士団が百年従わせてきた守護獣。その息を浴びた者は魂まで凍る。
棺の内側へ霜が広がり、指先の感覚が消えていく。
その白い視界に能力が咲いた。
《季節権》
一つの土地へ、一度だけ自分が選んだ季節を到来させる。
美月は冬を憎んでいなかった。
静かな雪も、凍った朝の光も好きだった。
憎いのは、一つの季節しか許さず、それを利益に変える人間だ。
「春を」
能力を使った。
氷棺の中で、小さな水音がした。
次の瞬間、王都全体の雪が一斉に沈む。屋根から滴が落ち、石畳の隙間から若草が伸び、十年閉じていた果樹の蕾が爆ぜるように開いた。
氷棺は透明な水となり、美月の足元へ流れた。
霜竜が咆哮し、王弟が攻撃を命じる。
だが竜の身体を覆う氷甲も溶けた。
中から現れたのは怪物ではなく、鎖で縛られた銀色の幼竜だった。永冬を作っていたのは竜の意思ではない。王弟が胸へ打ち込んだ制御杭だった。
春の陽光が杭へ触れると、黒い金属は蒸気になって消えた。
自由になった幼竜は美月の周りを一度回り、宮殿の塔へ降りる。王弟の真上ではなく、温室の方角へ首を向けて伏せた。
宮廷季節計の四本の針が初めて同時に動く。
春の位置を指した瞬間、凍りついていた文字盤が耐えきれず割れ、内部から花びらがあふれた。
女王が玉座から立ち上がる。
王弟が何か叫んだが、雪解け水の音に消えた。
美月が濡れた石畳へ一歩出ると、処刑を見に来た人々は道を開けた。
誰も薄着の異邦人を笑わない。
十年ぶりの温かな風と同じ方向を、王都のすべての顔が向いていた。