洗濯ばさみ一個分
芽衣は、妹が引っ越してからも、洗濯ばさみを二人分並べていた。
青と白を交互に十個ずつ。靴下、ハンカチ、下着。以前は物干し竿の端まで埋まったのに、今は青い洗濯ばさみばかり余り、風の中で口を閉じている。
午前一時、洗濯機の終了音が鳴った。
芽衣は濡れたタオルと部屋着をかごへ入れ、ベランダへ出た。室外機の風が強く、外廊下の照明が揺れる布の影を床へ映した。
白い洗濯ばさみでタオルを留める。
青い一個が、隣でかちかち鳴る。
白でもう一枚。
青がまた鳴る。
妹は結婚したわけでも、遠い町へ行ったわけでもない。通勤に便利な駅へ移り、週末には会える。それなのに、毎晩あった歯磨きの音や、勝手に使われるシャンプーが消えると、部屋は理由もなく広かった。
仕切り板の上から、突然白い布が大きくふくらんだ。
隣のベランダのシーツだった。風に持ち上げられ、一瞬だけ芽衣の側の空を覆う。すぐ向こうから手が伸び、布を引き戻した。
「危ない」
誰かが小さく言い、洗濯ばさみを留め直す音が続く。
かち。
かち。
芽衣の青い洗濯ばさみも、風に押されて一度だけ鳴った。
隣の人と話したことはない。シーツの色も、手の形も、明日には忘れるだろう。それでも、空いた場所へ布が入り込み、すぐ自分の場所へ戻っていったことが妙に残った。
芽衣は最後のハンカチを干した。
余った青い洗濯ばさみを全部外そうとして、一個だけ残す。妹の分という意味にはしない。次に何か洗ったとき使える、ただの一個として物干し竿へ留めた。
干したタオルの影が、室外機の風に合わせて床を行き来した。青い一個は開かれないまま、その影の端へ触れている。芽衣は妹へ「ちゃんと食べてる?」と送ろうとしてやめた。用事のない連絡は、明日の昼に思いつけばそのとき送ればいい。
室外機が止まり、布の揺れがゆっくり小さくなる。
芽衣は空いた竿を見ても、埋めなければならないとは思わなかった。今夜乾かす量には、今夜の風だけで足りていた。