渡り終えるまで倒れない
吊り橋が落ち、谷の向こうで獣の群れが吠えた。
逃げてきた村人は四十一人。こちら側へ渡る道はなく、谷底には朝霧が渦巻いている。
ローディスは崖際へ四肢をついた。肩から伸びる鹿角には若葉が芽吹き、皮膚の下を樹液が流れている。彼は身体を木へ変え、橋になることができた。
一人が背を渡るたび、残りの寿命が一年、木質へ変わる。四十一人を通せば、彼に残る四十一年は尽きる。
「子どもから渡れ」
角を向こう岸へ食い込ませ、脚を根にした。
最初の子が背へ乗る。左足の指が樹皮になった。
二人目。右足が地面へ根づく。
五人、十人。背骨が太い幹へ変わり、人々の足音を受けても揺れなくなった。
獣の群れが近づく。牙の間から人の声を真似て、「置いていけ」と囁いている。
村人たちは泣きながらローディスの背を走った。二十人目で腹が木になる。三十人目で両腕の感覚が消えた。
幼なじみのパリュが、こちら側に残って人数を数えていた。
「あと十人」
「渡れ」
「最後に行く」
三十五人目が渡ると、ローディスの首へ年輪が浮いた。三十八人目で口の中に木の芽が生え、声が出しにくくなる。
獣が崖へ到着し、最後尾の老人へ飛びかかった。ローディスは枝になりかけた角を振り、獣を谷へ落とした。衝撃で幹が裂れ、樹液が血のように流れる。
四十人目が向こう岸へ着いた。
残るのはパリュだけだった。
「私は渡らない」
彼女は斧を構え、獣へ向き直った。
「一年残れば、あなたは戻れるでしょう」
ローディスは、まだ動く片方の眼で彼女を見た。
「四十人を守って、お前を置けば、俺は何のために人だった」
木の喉から出た声は風のように掠れた。
パリュは斧を捨て、彼の背を走った。
一歩ごとに最後の一年が幹へ広がる。彼女の足が向こう岸へ触れた瞬間、ローディスの眼は節穴になり、心臓は硬い芯材へ変わった。
獣たちは橋へ噛みついたが、朝日を浴びた木は鉄より固く、一本も牙を通さなかった。
村人たちは助かった。
パリュは向こう岸の幹へ、短剣でローディスの名を刻んだ。樹皮は痛みを感じないはずなのに、文字の周りから透明な樹液が滲んだ。
翌春、橋になった大樹は四十一枚の葉をつけた。
そのどれにも人の指紋があり、風が吹くたび、渡り終えた人数を確かめるように震えた。