潮の届く少年

海辺の家に、岩の上へ座る少年の絵があった。

父親が、八歳の息子を描いたものだ。

息子が成人して家を出てから、二人はほとんど話していない。

父親は息子が絵を継がなかったことを責め、息子は自分を作品としてしか見ない父を嫌った。

絵の岩には、白い波の線が描かれている。

本物の海で満潮が同じ高さへ達したとき、絵の少年が話した。

「寒い」

父親は毛布を額へ掛けた。

「絵に寒さはない」

「なら、八歳の僕にもなかったと思ってた?」

あの日、父親は完成するまで少年を三時間、岩に座らせた。

少年は寒いと言えず、帰宅後に熱を出した。

父親はそのことを忘れていた。

「すまなかった」

「今の僕に言って」

「電話に出ない」

「手紙を書けば」

「返事が来ない」

「返事のために謝るの?」

少年は八歳の顔で、容赦がなかった。

父親は手紙を書いた。

絵の才能を惜しむ言葉も、帰ってきてほしい理由も入れず、

「お前を長く座らせた。絵を優先した。すまなかった」

とだけ書いた。

返事は来なかった。

次の満潮、絵の少年へ愚痴を言った。

「言われた通り書いたぞ」

「返事のためじゃないんでしょ」

「八歳のくせに生意気だ」

「あなたが描いたからね」

父親は笑った。

一年後、息子が突然帰ってきた。

手紙を持っていた。

「すぐ返すと、許したみたいで嫌だった」

「許してないのか」

「まだ腹が立つ」

「そうか」

二人で絵を見た。

息子は、岩の少年の手が不自然だと指摘した。

寒さで握っていたのに、父親が見栄えよく開いた形へ描き直していた。

「直すか」

父親が聞くと、息子は首を振った。

「そのままでいい。間違えた証拠だから」

夕方、二人で海へ行った。

満潮まで岩へ座ったが、寒くなる前に息子が立ち上がった。

父親も引き止めなかった。

絵の少年はそれ以来話さない。

波が同じ高さへ届いても、八歳のまま海を見ている。

父親は絵の横へ、新しい写真を飾った。

年を取った二人が、岩から少し離れて立っている。

息子の手はポケットの中。

父親はもう、見栄えのために出せとは言わなかった。