炊飯器の黒い月

川瀬結名が友人の部屋へ着くと、炊飯器の底に黒い炊き込みご飯が貼りついていた。

古い釜で水加減を間違えたらしい。蓋を開けると醤油の焦げた匂いが立ち、底の米は薄い板になっている。しゃもじで割ると、薄い板のように裂けた。

友人は「上のほうなら平気」と、柔らかい部分だけを茶碗へよそおうとした。

結名はその手を止め、黒い底を自分の茶碗へ入れた。

昨日、勤務先から契約終了を告げられた。派遣先の寮も月末で出なければならない。貯金で泊まれるホテルは三日分。次の仕事はまだ決まっていない。実家へ戻れば、父の介護をしている母へ、また一人分の生活を増やすことになる。母には勤務先の改装で休みになったと伝え、キャリーケースの写真が映らない角度で通話した。

友人には、水道工事で一晩だけ泊めてほしいと嘘をついた。玄関の横には大きなキャリーケースを置いてあるのに、友人は何も聞かなかった。押入れから予備の布団を出し、「工事が延びても平気」とだけ言った。二年前、友人が転職に失敗したとき、結名は一週間だけこの部屋の家賃を立て替えた。その恩を返される形になるのが嫌で、一晩という言葉へしがみついた。

結名は焦げたご飯を噛んだ。固い米が歯の間で砕け、焦げの苦さが残る。上の柔らかい部分より、今の自分にはこちらのほうが似合う気がした。失敗した人間は、失敗した部分を選ぶべきだという考えが、口の中で形になったようだった。

一杯目を食べ終え、炊飯器へしゃもじを戻す。友人は柔らかいところを保存容器へ移そうとしていた。

結名は、底に残った黒い月形のおこげを半分だけ剥がした。半分を茶碗へ入れ、残り半分は釜へ戻す。

「明日の朝も、これでいい?」

友人は工事のことを聞かなかった。保存容器の蓋を閉め、押入れからもう一枚、薄い毛布を出した。

結名は二杯目のおこげを一口だけ残した。泊めてもらう礼としてきれいに食べるのではなく、明日ここで続きを食べるためだった。

キャリーケースを玄関から部屋の中へ動かす。友人は中身を尋ねず、空いている棚を一段だけ示した。結名は全部を入れず、仕事用の靴だけを置いた。長く居座る宣言でも、明日出ていく準備でもない置き方だった。

釜の底には黒い半月が残り、今夜だけの形ではなくなった。明日の朝、柔らかい部分ではなく、残した焦げから食べてもよかった。