点検車の動画

無線が途切れたあと、保守指令室が静まり返った。壁の運行時計だけが、一秒ずつ始発へ近づいていた。誰も椅子に座っていなかった。

夜間点検車が予定区間へ入っていない。翌朝の始発までに、豪雨後の斜面を確認できなければならない。

位置情報を追うと、点検車は海沿いの旧線に停まっていた。車内では鳴戸亜矢が、窓から身を乗り出して動画を撮っていた。

〈役員姪っ子の特別な夜景ツアー〉

「すぐ戻ってください」

私が無線で言うと、亜矢は笑った。

「海野さん、映り込むから話しかけないで。伯父に頼まれた広報企画なの」

「本線の点検が未実施です」

「朝まで何も起きないって。堅すぎる人は出世しないよ」

私は別班を招集し、徒歩で斜面へ向かった。雨は止んでいたが、山側の側溝から濁った水が溢れていた。靴底が泥へ沈んだ。二キロ先で枕木を覆う土砂と、浮いたレール締結具を見つけた。始発列車はすでに隣駅を出る準備に入っている。無線で信号を赤へ切り替え、運転士へ発車待機を命じた。

停止報告を送ると、亜矢から〈運休させた責任は取ってね〉と返信が来た。私は土砂の写真、位置情報、時刻を添えて保存した。

午前六時、運輸当局の調査官が指令室へ来た。亜矢は伯父である安全担当役員の隣に座り、私の過剰反応で運休が起きたと説明した。

調査官は机に動画を置いた。亜矢自身が投稿した映像には、点検車の時刻、位置、私の警告無線まで残っていた。伯父が運行記録を後から書き換えた履歴も復元された。

役員は「若者の広報活動だ」と言った。

調査官は窓の外の列車を指した。

「海野慎さんが止めなければ、あの列車は土砂へ突っ込んでいました」

社長は安全担当役員の解任を告げた。続けて、人事責任者が処分書を開いた。

「鳴戸亜矢を点検業務妨害、車両私用、虚偽報告により懲戒解雇。海野さんを保守指令長に任命する」

亜矢が反論しようとした瞬間、指令盤の乗務資格一覧が更新された。

彼女の名前の横に、赤い二文字が灯った。

〈取消〉