無料ほど高い棚
若林紗英は、副業の本を三冊抱えて相談カウンターへ来た。
「このオンライン講座、申し込んでも大丈夫だと思いますか。初期費用無料で、在宅で月十万円って」
保科朱音は、電卓の形をしたキーホルダーを指で弾いた。
「無料ほど高いものはありません」
「でも、無料体験だけなら」
「無料ほど高いものはありません」
保科は愛想がなく、質問に質問で返す。紗英のスマートフォンを受け取らず、画面を自分で操作するよう指示した。
「運営会社の住所」
「ここです」
「料金総額」
「無料って……あ、三ページ目に教材費四十八万円」
「解約条件」
「受講開始後は不可」
「仕事内容」
「商品紹介の投稿を作る、としか」
電卓キーホルダーが、机にこつんと当たった。
紗英は奨学金と家賃で給料がほとんど消える。会社は副業を認めているが、残業も多い。帰宅後にできる仕事を検索しているうち、華やかな部屋で働く女性の広告に行き着いた。無料説明会は今夜だった。
「私、簡単に稼げると思ったわけじゃないです」
「思っても構いません。疲れている人ほど、簡単な出口を探します」
保科は責める代わりに、地域の創業支援、在宅就労相談、税金の基礎、会社の副業規定を確認する資料を出した。そして紗英の得意なことを一つだけ尋ねた。
「請求書のチェックです。間違いを見つけるのは得意で」
「なら、“副業”ではなく“経理補助・短時間”で探してください。検索語が広告側の言葉になっています」
端末で条件を変えると、週二回、一日二時間の記帳補助が見つかった。月十万円ではない。けれど業務内容、時給、契約期間が明記され、研修費を請求しないと書いてある。
紗英は無料説明会をキャンセルした。
「司書さん、どうして電卓を持ち歩いてるんですか」
「昔、無料セミナーで買わされた教材のおまけです」
「えっ」
「無料ほど高いものはありません」
保科は真顔のまま、図書館カードを指した。
「ただし、これは例外です。登録も相談も無料」
「高くつきません?」
「税金で先払いしています。遠慮すると損です」
紗英は笑い、求人票と二冊を借りた。
保科は電卓キーホルダーを一度鳴らした。
「無料ほど高いものはありません。だから、すでに払った無料は、使い切ってください」