焼きおにぎりの裏面

 柊木拓海は、明朝の役員会で使う資料に、嘘ではない嘘を書いた。

 新サービスの継続率八十二パーセント。数字そのものは正しい。ただし、無料期間中に一度でも利用した人だけを母数にしている。登録者全体なら四十七パーセントだった。集計した後輩は小声で「注釈を入れたほうが」と言ったが、課長に睨まれ、それ以上は口を閉じた。拓海も同じように黙った。

 課長は八十二のほうを赤い丸で囲み、「昇格候補なんだろ。見せ方も仕事だ」と言った。

 拓海は資料を完成させるため残業し、会社を出てからも赤い丸が目に残っていた。八十二という数字は明るく、四十七は資料の外で暗く沈んでいた。帰り道の居酒屋には、店主と拓海しかいない。

 焼きおにぎりを一つ頼んだ。

 網の上で米粒がぱちぱちとはぜ、刷毛で塗った醤油が焦げて甘い匂いを立てた。表面は濃い茶色に固まり、割ると白い中心から湯気がまっすぐ上がった。

 拓海は手前の面を見て言った。

「きれいに焼けますね」

 店主はおにぎりを指した。

「裏も焼いてあります」

 返してみると、反対側にも同じ焦げ目がついていた。見せる向きが違うだけで、そこにあるものは変わらない。

 拓海はスマートフォンで資料の修正点をメモした。役員会の開始前に出社し、八十二パーセントの下へ「全登録者基準四十七パーセント」と追記する。差が生じる理由と、無料期間後の改善策も一枚にまとめる。

 課長は消せと言うだろう。後輩も巻き込まないでほしいと願うかもしれない。そのときは、自分が再集計した数字として説明する。昇格の推薦を外されるかもしれない。役員が数字の悪さだけを見て、サービスを止める可能性もある。

 だが、片面だけを見せて通った企画を、自分が今後ずっと支えることになる。その残業のほうが怖かった。数字が崩れるたび、都合のよい母数を探し続ける仕事を、自分の昇格の土台にはしたくない。

 焼きおにぎりの焦げた表面は硬く、中心は指で持てないほど熱かった。醤油の香ばしさのあと、味のついていない白い米の甘さが残った。拓海は裏面を上にしたまま、最後の一口を食べた。