父の未使用年
大神田啓悟は毎朝、父・斎慈へ寿命を一日送る。肺の病気で残りが短い父に、「今日も一日」とメッセージを付ける。斎慈は必ず《受け取った》と返した。
新薬の適合判定が通り、保険会社が二十年を購入した日、家族は病室で乾杯した。
《残り寿命:二十年と四十八日》
父は画面を何度も見た。
「お前より長生きするかもな」
翌朝、斎慈は病院前の横断歩道で配送車にはねられた。
事故死だった。
寿命を買っても、傷や災害から守られるわけではない。購入者が死亡した場合、未使用分は市場へ返却され、家族への相続も返金も行わない。それが唯一の規則だった。
死亡通知から一分後、父の残高が消える。
《未使用寿命二十年四十七日を回収しました》
母は同じ病院で心臓治療を受けていた。必要なのは二年。
啓悟は父の残高を母へ移してほしいと申請した。
《死亡者の寿命は私有財産ではありません》
「昨日までは父のものだった」
《利用中のみ占有権を認めます》
父の葬儀中、市場に新着通知が出た。
《高齢男性由来・医療適合済み》
《二十年四十七日》
識別番号が、父の購入証と同じだった。
啓悟は二年分を買おうとした。価格は保険会社が払った額の六倍。事故直後の希少在庫として値上がりしている。
母が端末を閉じた。
「お父さんの二十年で、知らない人が生きるならいいじゃない」
声は穏やかだったが、治療予定表を削除する指が震えた。
数日後、在庫が売れた。
購入者は医療企業の会長。七十九歳。
ニュース映像で、会長が退院会見をしていた。
『命は有効に使わなければならない』
父の二十年が入った証として、胸元の認証灯が緑に光る。
啓悟の家族口座には、斎慈へ毎朝送っていた一日分の自動振替が残っていた。
解除し忘れた翌朝、決済が走る。
《受取人死亡のため、寿命一日を市場へ供給しました》
啓悟はすぐ停止した。
それでもその一日は、会長が購入した同じ在庫へ自動で追加されていた。
父へ送った最後の《今日も一日》を、知らない老人が受け取ったことだけが、取引履歴に正確に記録されていた。