父の死亡点
早瀬隆弥は毎朝、父・修悟の信用点数を確認していた。九三二。高齢者住宅の費用も、持病の薬も、九百点台なら優遇される。
ところが父が亡くなる一週間前から、数字が急に落ち始めた。
低信用者ばかりの食堂で代金を全員分払った。
家賃を滞納した元同僚を自宅へ泊めた。
信用回収員の訪問を三度拒否した。
九三二は、最期の朝には〇になっていた。
「何やってるんだよ」
病室で問い詰めても、修悟は酸素マスクの下で笑うだけだった。
死後、隆弥の端末へ相続判定が届く。遺産と債務は、故人の最終信用点数の割合だけ相続人へ移る。千点なら全額、五百点なら半分、〇点なら何も引き継がない。
《最終信用点数:〇》
《相続資産:〇円》
《相続債務:〇円》
隆弥は椅子から立てなかった。
父には郊外の家と、三百万円の預金があると思っていた。それが一円も受け取れない。
親戚は、最後まで無責任な男だったと罵った。葬儀費用さえ残らない。隆弥も同じ気持ちだった。
しかし遺品の端末から、開封予約された通知が届いた。
《信用回収契約:残額四千八百万円》
父は十年前、倒産した友人の事業債務を保証していた。高い信用点数のおかげで、利息を含む全額が有効な債務として残っていた。
続いて、父の短い音声が再生される。
『家は渡せなくなった。悪いな。でも、借金も渡さない』
最終週の行動履歴が並ぶ。
父が食事を奢った相手は、かつて一緒に工場を立ち上げた仲間だった。泊めた元同僚は、保証債務の元になった友人の息子。回収員を拒んだ三回で、点数は一気に二百落ちている。
父は資産を残すのではなく、信用を使い切った。
相続判定の下に《異議申立て》がある。隆弥が父の信用回復を求めれば、家と預金を相続できる。その代わり四千八百万円の債務も戻る。
親戚は申立てろと言った。家を売れば少しは残る、と。
隆弥は《判定を受諾》を押した。
父の点数〇が確定する。
その瞬間、父名義の家も預金も公的回収へ移った。隆弥には、端末に残った最後の買い物だけが送られる。
百二十円のあんパン。
父が亡くなる前夜、病院の外で震えていた低信用者へ渡したものだった。
レシートの末尾には、減点後の数字が印字されていた。
《信用点数:〇》
隆弥は初めて、その〇を誇らしいと思った。