用のない着信
「用があるときだけ、電話して」
宮原沙都が白石佳樹へそう言ったのは、彼が夜中の二時に《眠れない》と連絡してきたからだった。
それから五年、佳樹は本当に用があるときだけ電話した。仕事を辞めたい夜、鍵をなくした朝、風邪で動けない休日。沙都も同じように、電球が切れた、知らない虫が出た、誕生日を一人で迎えそうだと電話した。
互いに真っ先に頼るのに、元気な日は連絡しない。
何も起こらなかった一週間ほど、沙都は佳樹の名前を画面で探した。声を聞きたいだけでは、決められた条件を満たさない。佳樹も同じなのか、時々《用事を考え中》とだけ送ってきた。
「便利な友達だよね」
沙都が笑うと、佳樹も「助かってる」と答えた。その言葉を聞くたび、必要とされる嬉しさと、必要がなければ呼ばれない寂しさが残った。
佳樹がスマホを落として画面を割った日、機種変更に付き合った。連絡先を移し終え、店員が着信テストをする。
沙都のスマホから佳樹へ発信すると、彼の新しい端末だけ、他とは違うピアノの音が鳴った。
画面には《沙都》。
名字も、友人という登録もない。
緊急連絡先の一番上にも同じ名前があった。
「いつから?」
「前の機種から」
「用がある人だから?」
佳樹は答えず、沙都のスマホを手に取った。自分の登録名《白石佳樹》から名字を消し、着信音を同じ曲に変える。さらに毎週日曜の二十一時に、《沙都へ電話》という予定を入れた。
「毎週、何の用?」
「その週に探す」
沙都は予定名を《佳樹と話す》へ直す。店を出るとき、返されたスマホではなく、佳樹の手を取った。
「今日はもう、用事終わったよ」
「新しい端末、買えたからな」
それでも佳樹は手を離さない。沙都も歩幅を合わせ、来週の日曜には電話ではなく会う予定を追加した。
「用がないなら、切る?」
沙都が尋ねると、佳樹は指を絡める。
「今日は切らない」
用があるときだけ電話するはずだった。
用のない着信を先に予定へ入れた日、二人は便利な友達から、理由がなくても声を聞きたい相手になった。