病棟のない受領印
医療機器メーカーの売掛金保証会議で、鹿野苑結は修理業者の受付担当として、人工呼吸器三十台の納品記録を照合していた。メーカーは私立病院へ一台八百万円で販売し、二億四千万円の債権保証を求めている。
受領書には「東病棟八階・機器管理室」とあり、病院の角印が押されていた。
結は病院の館内図を開いた。東病棟は六階建てで、八階も機器管理室も存在しない。
メーカー営業部長は、増築棟の仮称だと答えた。
病院へ確認すると増築計画はなく、人工呼吸器の購入決議もない。角印は病院印ではなく、外来駐車券の精算印だった。中央の「済」の文字を画像処理で消し、病院名を重ねている。
三十台の製造番号を修理管理システムで検索すると、全台がメーカー本社地下の修理室に登録されていた。結の会社が先週、点検見積を出したばかりの中古機だった。搬出記録も梱包記録もない。
代金の一部二千万円は入金済みとされたが、送金元は病院ではなくメーカーの販売子会社。翌日には「機器レンタル保証金返還」として同額が戻されていた。
営業部長は、病院へのレンタルから購入へ切り替える予定だと説明を変えた。
「先に売上を立てても、最終的には同じだ」
結は病院の医療機器購入規程を示した。二億円を超える購入には理事会議事録と院長実印が必要だが、どちらもない。
修理業者への発注停止を告げられても、結は稼働確認書へ印を押さなかった。
「八階ができるまで、三十台は地下室にあります」
結は修理室の監視写真を投影した。納品済みとされた日も、三十台には結が付けた黄色い「未修理」タグが下がっている。タグ番号と撮影時刻は修理システムに自動保存され、営業側が作った受領書より六時間後にも全台が地下にあった。
病院の購買責任者も会議へ接続され、受領書そのものを初めて見たと答えた。
保証会社の責任者が二億四千万円の承認書を伏せた。存在しない病棟の受領印は、地下の機器を売掛金へ持ち上げられなかった。