白い円を完成させない

魔法学院の召喚試験場で、白いチョークがエルネ・ヴァイスの机を転がった。

「魔力をもっと流せ。円を完成させろ」

試験官の命令も、観覧席で妹リゼが振る小旗も、前の人生と同じだった。

エルネが最後の一線を引いた瞬間、召喚陣は裏返った。呼び出された炎獣が観覧席へ突進し、リゼを含む十一人が焼かれた。

学院は「受験生の魔力暴走」と発表した。しかし処刑直前、エルネは召喚陣に一本余計な逆位相の線が仕込まれていたと知った。首席候補を落とすため、試験官が描き足したものだった。

二度目の試験。

エルネは白いチョークを拾い、円を完成させる代わりに、中央の一本を靴底で消した。

「流しません」

「失格にするぞ」

「どうぞ。ただし、この陣をあなたが完成させてください」

試験官の顔がこわばる。

エルネは観覧席へ向き直った。

「全員、結界の外へ。リゼ、小旗を捨てて伏せろ!」

妹は事情を知らない。それでも兄の声を信じ、小旗を投げて床へ伏せた。係員たちが観客を避難させる。

試験官は体面を守るため、自ら白いチョークで消された線を引き直した。

「見ていろ。正常な召喚だ」

彼が魔力を流す。

完成した白い円が黒へ反転し、炎獣の爪が空間を裂いた。しかし中央線を消した時、エルネは代わりに封鎖符を床下へ滑り込ませていた。獣は円の内側から出られず、術者である試験官へ牙を向ける。

「止めろ! 私を助けろ!」

「まず改竄を認めてください」

炎獣の熱で、隠されていた逆位相線だけが赤く浮かぶ。観覧席の記録水晶が、その線と試験官の魔力紋を同時に映した。

試験官が叫ぶ。

「私が描いた! だから消してくれ!」

エルネは指を鳴らし、封鎖符ごと召喚陣を消した。炎獣は煙になり、誰一人傷つかない。

前の人生で妹の死亡札が割れた時刻、リゼの小旗が床で光る。

そこへ学院の判定文字が浮かんだ。

《受験者エルネ・ヴァイス、術式改竄を看破。特待首席として合格》

《観覧者十一名、全員生存》

リゼが結界の外から初めて叫んだ。

「お兄ちゃん、入学式にもその次にも、絶対来てね!」

エルネには、その約束を守れる未来が残っていた。