白い封筒、二通
早苗が書類箱を開けると、白い封筒が二通入っていた。
一通には「第一連絡先・早苗」、もう一通には「第二連絡先・志帆」と母の字がある。
両親が高齢者住宅へ移るため、今日は姉妹で契約書を確認する日だった。
父は食卓の端で新聞を読み、母は「難しいことは早苗に任せる」とお茶を淹れている。
封筒の中には、緊急連絡先と身元引受人の用紙があった。早苗の欄は住所も勤務先も、本人の許可なく埋められている。
志帆の用紙は空欄だった。
「志帆は子どもがいるから、何かあったら困るでしょう」
母は言った。
「早苗は一人だし、昔から責任感があるから」
早苗はペンを置いた。
独身だから時間が余っている。姉だから先に引き受ける。志帆には家庭があるから守られる。母の理屈は、どちらの暮らしも本人のものとして扱わなかった。
志帆が空欄の用紙を見つめる。
「私、何もできないって思われてる?」
「そうじゃないの。お姉ちゃんのほうが得意だから」
「得意なら、頼まず決めていいの?」
早苗が聞くと、母は「家族でしょう」と答えた。
父が新聞を下げる。
「姉妹で揉めるな。早苗が代表でいい」
早苗は自分の用紙を封筒へ戻した。
「代表にはならない」
「じゃあ誰が手続きするんだ」
「施設に、外部の保証サービスが使えるか聞く。緊急連絡は二人へ同じ順番で」
「金がかかる」
「私一人が払う時間も、ただじゃないよ」
声は震えたが、封筒はまっすぐ持てた。
志帆が自分の用紙へ名前を書きかけ、やめる。
「私も、子どもがいるからできないんじゃない。できる日とできない日を、その都度答える」
母は深くため息をついた。
「二人とも頼りにならなくなったわね」
早苗はその言葉を否定しなかった。
頼りにならない娘になることで、ようやく頼み方を選ばせられるなら、それでよかった。
施設へ電話すると、担当者は保証会社の資料を送ると言った。緊急連絡先は姉妹の同意後に登録できるとも確認した。
早苗は通話内容を一枚のメモにし、両親の前へ置く。
白い封筒から、第一と第二の文字を二人で消した。
早苗は自分の連絡可能な曜日を書き、志帆も別の曜日を書く。
二通は重ねず、書類箱の左右へ並べた。