白い芯の焼きカマンベール

 羽鳥佑一朗が「夜梯子」へ入ると、店主は小さな鉄鍋を火へかけた。

「芯は白く残すんだろ」

 佑一朗は焼きカマンベールを、全部溶かさず食べるのが好きだった。外側は熱く崩れ、中心だけ少し冷たい。その頼み方をしたのは、まだ無名のイラストレーターだった五年前だ。

 鉄鍋の底でチーズがかすかに鳴り、白い皮がゆっくり膨らむ。温められた乳の匂いが広がり、ナイフを入れると縁から濃い中身が流れ、中心には白い芯が残った。熱い部分は舌へまとわり、芯は歯に少し抵抗した。

 今朝、佑一朗の新作へ盗作だという投稿がついた。

 似ているとされたのは、海外作家の三年前の絵だった。構図は確かに近い。佑一朗は見た記憶がないが、それを証明することは難しい。投稿は拡散され、仕事先からも確認の連絡が来た。

 怖くなり、作品サイトを全部削除する画面まで進んだ。過去作まで比較されれば、別の似た絵が見つかるかもしれない。消せば逃げたと言われる。それでも、見られ続けるよりましだと思った。

 保存フォルダには、構図を決める前の失敗したラフが二十枚ある。人に見せるつもりはなかった歪んだ線ばかりだ。完成品だけなら似て見えても、そこへ至る迷いまでは同じではない。その迷いを恥ずかしがって隠してきた。

「溶けたとこだけじゃ、熱いぞ」

 店主は白い芯を指した。

 佑一朗は冷たい部分と熱い部分を一緒に口へ入れた。温度が混ざり、ようやく味が分かった。

 スマートフォンで削除を取り消した。代わりに、制作途中の保存ファイル、構図を決めた手描きのラフ、撮影した資料の日付を一つのフォルダへ集める。明日の朝、仕事先へ共有し、プラットフォームにも調査を申請する。公開コメントは、確認中であることだけを書く。

 疑う人が納得するとは限らない。偶然似ただけだと認められない可能性もある。仕事が止まる怖さは残る。それでも、自分まで過去の作品を消して証拠をなくすのはやめる。

 鍋の縁のチーズはすっかり溶け、中心の白さも細くなっていた。甘い乳の匂いと、熱いところに触れた舌の感覚が、店を出ても残った。