白鼬は地上から戻る

地下三百層の鉱山で、白鼬の獣人ピノは足首の水晶環に従っていた。

 環が青く光れば掘る。赤く光れば走る。黒くなれば、死ぬまで止まれない。

 その日、坑道に毒ガスが漏れた。

「全員退避!」

 新任技師トワが叫ぶ。

 監督官は首を振り、所有盤の黒い石を押した。

「白鼬は鉱脈を嗅げる。ピノだけ残して掘らせろ。今夜の出荷に間に合わせる」

 水晶環が黒く染まる。

 ピノの体は咳き込みながら、崩れかけた岩壁へつるはしを振り上げた。

「止めろ!」

「所有者以外には止められん。助けたいなら、お前の技師印へ環を移せ」

 トワは返事をせず、坑道の支柱へ耳を当てた。

 環の命令音と、岩盤の振動が同じ周期で響いている。所有盤は水晶を支配しているのではない。鉱山全体を巨大な共鳴箱にし、命令を増幅していた。

 トワは測量槌を一度だけ支柱へ打ち込んだ。

 逆の振動が坑道を走る。

 黒い水晶環に白い筋が入り、次の一打を待たず粉々に砕けた。

「貴重な資産を!」

「鉱石は資産です。鉱夫は帰る人です」

 ピノのつるはしが止まる。

 トワは非常梯子を示した。

「地上へ。もう戻らなくていい」

 白い尾が梯子の上へ消えた。

 直後、落盤で出口側の支柱が折れた。トワだけが坑道の奥へ取り残される。毒ガスが膝まで満ち、監督官は真っ先に逃げた。

 トワが予備の支柱を一人で持ち上げようとした時、頭上からつるはしの音が返ってきた。

 一打、二打。岩壁に穴が開き、地上の光と一緒にピノが降りてくる。

「なぜ戻った!」

「地上を見た。青かった。冷たい風も鳥の声も、命令盤を通さずに届いた」

 ピノは砕けた水晶環を穴へ投げ捨て、トワの隣で支柱を担いだ。

「だから、あなたにも見せると決めた」

 二人で出口を開く。

 朝日を浴びたピノは、監督官へではなくトワへつるはしを差し出しかけ、途中で肩へ担ぎ直した。

「これは私の道具。次の鉱山では、私が掘る場所を選ぶ」

「では技師として、安全な場所を探そう」

 白鼬はうなずき、自分の足で地上からトワの隣へ戻った。