皮なめし職人の夕刻

川下の皮なめし職人は、市場へ入るたび鼻をつままれた。

仕事で染みつく匂いは、自宅の桶では落ちない。市場組合は入場禁止を決めようとしたが、皮袋も靴底も彼らなしでは作れない。

領主補佐クレアは、工房街の出口に共同浴場を置く案を出した。

費用は職人の頭数ではなく、売れた皮一枚につき銅貨の十分の一。帳簿を持つ工房主が納め、日雇い職人からは取らない。売れなかった皮には課税なし。市場組合も、石鹸一箱につき銅貨一枚を共同購入費として負担する。匂いが減れば客足が戻るからだ。

「なぜ市場まで払う?」と香辛料商が怒った。

クレアは前月の苦情票を机に積んだ。

「入場禁止の見張りを雇うより安い。しかも靴職人が戻れば、あなたの荷袋も直る」

浴場の収支は、皮の納税枚数、石鹸箱数、薪代に分けて掲示する。工房主が職人の賃金からこっそり引けば、納税済みの印と賃金票が合わず、すぐ分かる。

最初に賛成したのは若い皮職人だった。

「一日の最後に、仕事の匂いを置いて帰れるなら」

彼らは排水溝を掘り、市場の商人は床に敷く灰石を運んだ。普段は口も利かない二つの組合が、同じ掲示板へ自分たちの提供品を書き込んだ。

開業の日、若い職人は長い時間をかけて髪を洗った。湯から上がり、貸し出しの上着へ替えて市場へ向かう。

香辛料商は鼻をつままなかった。代わりに焼きたての平パンを一つ差し出した。

浴場の軒には、皮と木で作った札が揺れていた。

――仕事帰りの湯。技は持ち帰り、汚れはここへ。

翌週、市場の苦情票は半分になった。クレアは成功を演説せず、浴場の板へ数字だけを写した。皮百八十枚、石鹸四箱、入浴者六十三人、苦情七件。香辛料商はその七件の原因を調べ、閉場後の職人にも入れる遅番を提案した。費用は自分たちの石鹸枠から出すという。締め出すため集まった組合が、今度は入れる時間を相談していた。数字の変化は、誰にも否定できなかった。

職人の濡れた髪から落ちた一滴が、札の下で夕日に光った。