真夜中の鐘を止める
占星術師ナディは、真夜中の鐘が鳴ると眠れなくなる。
一度目で目が覚め、十二度目まで数えてしまうからだ。
魔王カルゼンは、彼女が城へ住み始めた翌日から鐘楼を止めた。
「都の標準時が乱れます」と官僚たちは抗議した。
「砂時計を使え」
敵国の時間まで支配すると恐れられる最強の魔王が、ナディの睡眠だけは一分も削らせない。
夜食も、胸焼けしない薄いスープに変わった。彼女が夜は乳製品を避けることまで覚えている。
ある晩、将軍たちが寝室前まで押しかけた。
「今夜零時、星読みの儀式を行います。明日の侵攻時刻をナディ殿に決めていただかねば」
ナディは寝間着の上に外套を羽織り、廊下へ出た。
「今夜は読みません」
「数十万の軍が待っています」
「眠いので、正確に読めません」
将軍は呆れた顔をした。
「国家の命運より睡眠を優先するのか」
扉の奥からカルゼンが現れた。眠りを妨げられた魔王の機嫌は、災害より悪い。
「そうだ」
「陛下まで何を」
「眠い者に星を読ませ、誤った時刻で全軍を動かすほうが愚かだ」
「では夜明けに」
ナディは首を振った。
「朝も無理です。三日間、雲が厚くて観測できていません。侵攻日そのものを決められません」
将軍たちはざわめいた。
「陛下、命じてください。彼女は陛下にだけは逆らわない」
カルゼンはナディへ温かい湯を渡した。眠る前は香りの強い茶を飲まないことを、彼だけが知っている。
「逆らわないようにするため、優しくしているのではない」
魔王は出陣命令書を二つに裂いた。
「観測できるまで侵攻を延期する」
「敵に備える時間を与えます!」
「余は最強だ。三日待って弱くなる軍なら、最初から要らない」
ナディがあくびを噛み殺す。
「もう寝ても?」
「もちろんだ」
カルゼンは自ら寝室の扉を閉め、将軍たちを廊下の端まで追い払った。
翌朝、全軍へ新しい命令が伝わった。
「出陣日は未定。ナディの睡眠、体調、観測条件を優先する。彼女の『今日は読まない』を命令違反として扱う者は、魔王軍から除名する」