眠りを脱がせる宿直女
夜警宿の宿直係ネリッサは、客の外套を預かることしかできなかった。
服だけを一式で収納する能力のため、冒険者からは「脱衣係」と呼ばれる。支配人は宴会のたび、酔客の泥靴まで彼女へ投げた。
【固有スキル《装着物収納》:対象が身にまとっている一式を、材質や形状を問わず一枠へ格納する】
鎧も服も本人の同意が必要で、戦闘では使えない。ネリッサは毎晩、百人分の外套を番号順に並べ、破れた留め具まで持ち主が気づく前に直していた。
月蝕の夜、眠り魔が王都へ来た。
鐘が十二回鳴ると、人々は立ったまま目を閉じた。眠った者の夢から生命を吸い、朝までに抜け殻へする魔物だ。騎士も魔術師も、剣を抜く前に倒れる。
夜勤に慣れたネリッサだけが、濃い眠気の中で意識を保った。
支配人は金庫の前で眠り、自分だけ覚醒薬を飲んでいた。
「従業員を起こす薬はない。客を盾にして私を守れ」
大広間には、子どもを抱いた母親、旅人、老夫婦が倒れている。目には見えない薄布のような闇が、全員の頭から魔物へ伸びていた。
ネリッサは毎晩、客が何を身につけているか見てきた。外套は布だけではない。寒さを防ぐもの、身を隠すもの、身体を包むもの。
眠り魔の呪いも、人々の意識を包んでまとわせた夜の衣だ。
ネリッサは宿の宿帳へ手を置いた。
宿泊客は規約により、危険時の装備管理を宿へ委任している。百十三人を一つの「宿泊者一式」と指定し、その全員がまとった眠りだけを預かる。
一度だけ収納する。
大広間で百十三人が同時に息を吸った。
黒い薄布は一枚の巨大な外套となって空中から消え、眠り魔は餌との繋がりを失って硝子のように割れる。夜の鐘が十三度目を打った。支配人の覚醒薬は切れ、今度こそ床へ崩れた。
目覚めた客たちは、いつも無言で外套を返してくれた宿直係を見た。
王都騎士団長が彼女へ自分の紋章外套を差し出し、敬意を込めて預けた瞬間、宿直札が月光を放つ。
【職業が《夜警宿宿直係》から《夢装撤収師》へ書き換わりました】