眠り猫は悪夢を食べすぎた

王都施療院で、百人の患者が同じ夜に目を覚ました。

病室の中央には夢喰い猫が倒れていた。薄桃色の毛を持つ猫型魔獣で、人の魂まで眠りの中で食べると恐れられている。

医師たちは聖水を準備し、患者を別棟へ運び始めた。

夜勤看護師の灯里は、猫の膨らんだ腹に手を当てずとも異常を感じた。眠っているのに瞼が激しく動き、肉球は冷たい汗で濡れている。床には患者たちの悪夢から抜け落ちた黒い羽根が散っていた。

「この子が悪夢を食べたから、みんな目を覚ましたんです」

院長は「ならば吐かせろ」と杖を上げた。

灯里はその前へ立つ。

「乱暴に起こせば、抱えた悪夢が全部戻ります」

彼女は患者へ使う湯たんぽを持ち、夢喰い猫の腹の横へ置いた。猫が唸り、病室の壁に恐ろしい幻が映る。失敗した手術、見捨てられた子ども、空になった病床。灯里自身が何年も隠してきた後悔まで現れた。

それでも彼女は逃げず、冷えた前足を布で拭いた。

「一匹で食べなくていい。少しだけ、こちらへ渡して」

自分の額を猫の額へ近づける。黒い羽根が一枚、灯里の掌へ落ちた。胸が締めつけられたが、耐えられないほどではない。

二枚目、三枚目。看護師仲間も黙って手を差し出し、患者たちまで戻ってくる。悪夢は分ければ、ただの怖い記憶になった。誰か一人が犠牲にならなくても、手のひら一枚ずつで受け止められる。そのことに気づいた患者たちの顔から、猫への恐れも消えていった。

夢喰い猫の腹がゆっくり平らになり、冷えていた肉球へ血色が戻る。目を開けた猫は、最初に灯里の頬を舐めた。

額に枕形の光が浮かび、彼女の目元へ淡い印が宿る。病棟を覆っていた不眠の呪いが消え、患者たちは穏やかな寝息を立て始めた。

院長が主任看護師への昇進を告げても、灯里は人差し指を唇へ当てた。今は静かにすべき時間だ。

夢喰い猫は彼女の椅子へ上がり、腹を見せて膝いっぱいに寝転んだ。桃色の毛は蒸した綿のようにふくらみ、抱えると見かけ以上の重さがある。その体温とゆっくりした呼吸が腿へ染み込み、灯里の瞼にも、久しぶりにやさしい眠気が降りた。