眠れる患者

眠っている彼女に、私は毎朝薬を飲ませた。

六時半、東病棟の廊下はまだ薄暗い。窓の外では朝焼けが始まっているのに、床だけが夜の色を残していた。夜勤の看護師が申し送りを始め、清掃員がエレベーター前を磨いている。その時間だけ、三〇七号室の前から人がいなくなる。

私は白い上着の襟を整え、病室へ入った。

彼女は窓側のベッドで眠っていた。額の包帯は小さくなったが、目を開ける気配はない。呼吸器の管が規則正しく曇り、心拍計が緑の山を描いている。

「おはよう」

返事はない。

紙コップに水を注ぎ、錠剤を一つ溶かす。白い粒はすぐ沈み、底に粉を残した。私は管の途中にある注入口へ、ゆっくり流し込んだ。

廊下の監視カメラは、八秒ごとに左右を向く。入るときも出るときも、レンズがナースステーション側へ向く瞬間を選んだ。白衣の胸に名札がないことを、まだ誰にも指摘されていない。

彼女が運ばれてきたのは十二日前だった。深夜の交差点で車にはねられ、意識が戻らない。目撃者は彼女一人。医師は、回復の兆しがあると言っていた。

私はベッド脇の記録板には触れない。専門用語を読めば、余計なことまで考えてしまう。ただ、昨日より指が動いていないか、瞼が震えていないかだけを見る。

その朝、彼女の右手がわずかに持ち上がった。

私は息を止めた。指先が宙を探り、何かを指すようにこちらへ向く。唇も動いた。音にはならなかったが、口の形は二つの音節を作った。

私の名前に見えた。

「まだ眠っていて」

もう一錠を紙コップへ落とす。水が白く濁る。

背後で扉が開いた。

本物の看護師が立っていた。彼女は私の胸元を見て、次にコップと注入口を見る。

「どちらの先生ですか。その薬、処方表にありません」

私は答えられなかった。廊下では足音が増え、心拍計だけが急に速くなる。

眠っている彼女は患者ではなく、あの夜、私の車の番号を見た唯一の証人だった。

毎朝ここへ来たのは治すためではない。二度と目を覚まさせないためだった。