砂時計の面接
ホテル専門学校の模擬面接で、木暮洸の順番だけ最後へ回された。
春日井実莉が受付表へ赤線を引いたからだ。
「接客は明るい人向け。洸は控室の掃除をしてれば?」
面接用に印刷した作品集も見当たらない。洸が探していると、実莉はわざとコーヒーを倒し、濡れた床を指した。
「ほら、お客様が来る前に拭いて」
洸は、実習で失敗するたび実莉たちから《無表情係》と呼ばれていた。大きな声や作った笑顔は苦手でも、客が何度時計を見るか、荷物をどちらの手へ持ち替えたかには気づける。作品集には、そうした観察から考えた客室案内がまとめてあった。
廊下には、杖をついた男性が一人、案内板の前で困っていた。教師も試験官もまだ来ていない。実莉たちは自分の受け答えを練習し、誰も近づかなかった。
洸は雑巾を置き、男性へ声をかけた。
「どちらへお越しですか」
「面接会場を探しているんだが、階段は少しつらくてね」
洸はエレベーターへ案内し、歩幅を合わせた。会場前の椅子を引き、温かい茶を用意する。戻ると、実莉が小声で笑った。
「受験者でもない老人に時間を使って、馬鹿みたい」
砂時計が落ち切り、面接開始の時刻になった。
扉が開く。中から出てきた教師が、杖の男性へ深く頭を下げた。
「お待ちしておりました、榎本会長」
男性は、研修先となるホテルグループの会長だった。採用候補者が、試験官の見えない場所でどう振る舞うかを見るため、毎年一人で校内を歩くという。
実莉の顔が引きつる。
「私は会長だと知っていれば、もちろんご案内しました」
「知らない相手には、しないということですか」
会長が尋ねた。
教師は控室のカメラ映像も確認していた。実莉が洸の作品集を棚の裏へ隠し、飲み物を倒して掃除を命じる場面が映っている。
「友達同士の冗談です」
「面接の評価項目に、立場の弱い人への態度があります」
会長は採用推薦状を一枚だけ取り出した。
「今年度の特別研修内定者は、肩書を知らない客にも歩幅を合わせた木暮洸さんです」