研究室の空瓶は嘘をつかない

魔導研究所の成果審査直前、主任メルヒオはイリス・カナンの試薬瓶を流し台へ空けた。

金色の液体が排水口へ消える。

「これで、おまえが成功した証拠はなくなった」

「触媒は基準値を超えていました」

「新人が私より先に完成させるとでも?」

メルヒオは空瓶をイリスの机へ投げ、審査員へ出す報告書を書き換えた。彼女には半年間、壊れた器具だけを回し、質問すれば〈女の頭では式が腐る〉と笑ってきた。成功した日は、自分の名で発表すると決めていたらしい。

「審査では、おまえが実験を怠け、空瓶だけ並べたと言う。反論すれば契約を切る」

そこへ研究評議員たちが入室した。

メルヒオはすぐに表情を変える。

「残念ながら、助手が試料を作れませんでした。私が何度も指導したのですが」

彼は報告書の責任者欄へ署名し、空瓶を指した。

評議員の一人が瓶を拾う。

「新型の記憶硝子ですね」

高価な触媒実験では、事故防止のため、瓶の内壁が試薬の変化と最後に触れた者を記録する。メルヒオ自身が予算申請し、全瓶への導入を自慢していた。

評議員が光を通すと、空のはずの瓶に金色の波形が浮かんだ。

触媒純度、九十八・七。

完成時刻、午前十時二分。

調合者、イリス・カナン。

廃棄者、メルヒオ・ザント。

内壁はさらに、瓶を流し台へ傾ける主任の姿と声を再生した。

『これで、おまえが成功した証拠はなくなった』

メルヒオは瓶を床へ叩きつけた。しかし破片一つ一つに同じ波形が残り、机上へ金色の文字を映し続ける。

「安全確認のために捨てた。助手を試しただけだ」

「報告書には〈試料は最初から存在しなかった〉とあります」

しかも廃棄欄には、メルヒオの電子署名がある。本人が証拠を消した時刻まで確定していた。

イリスは予備の計算紙を評議員へ差し出した。数式の隅には、壊れた器具でも再現できる手順が簡潔に書かれている。

評議会長は一読し、研究所長へうなずいた。

研究所長はメルヒオの主任証を机へ置かせ、評議会決定を読み上げた。

「メルヒオ・ザント。研究妨害、成果記録改ざんおよび職権乱用により、即時解雇とする」