祈らない賛美歌

水上環奈は、賛美歌の最後にある「アーメン」を歌わなかった。

神尾弦のギターだけが和音を伸ばし、福留玖太のカホンが一拍遅れて止まる。

「忘れた?」と弦。

「もう言わないことにした」

教会の青年会で組んだ三人のバンドは、日曜礼拝の後に小さな集会室で練習してきた。今夜が最後だった。

弦は四月から神学校へ進む。牧師になるつもりだ。玖太は国際看護の研修でフィリピンへ行く。環奈は音楽大学へ進学するが、この教会には戻らない。

「信じなくなったの?」と玖太が訊く。

「信じてるふりをやめるだけ」

「いつから」

「たぶん、三人で最初に歌った頃から」

弦はギターの弦を押さえたまま、音を鳴らさなかった。

「じゃあ、俺たちに嘘ついてた?」

「歌は嘘じゃない。歌った私が、祈ってなかっただけ」

玖太が二人の間へカホンを引いた。

「最後くらい、説教と告解やめよう」

「お前は平気なのか」

「平気じゃないから、海外に行くんだよ。ここの正しさだけで人を助けられる気がしない」

三人は、青年会で最初に編曲した古い賛美歌をもう一度演奏した。環奈の声は、信仰を失ったというより、借りていた言葉を返すように澄んでいた。弦はいつもより強くコードを鳴らし、玖太は祈りの代わりに一定の拍を刻んだ。

最後の小節が来る。

環奈は口を閉じた。弦も「アーメン」を歌わず、玖太は終止の一打を置かなかった。

曲は終わらない形で静かになった。廊下の礼拝堂では誰かが椅子を並べており、木の脚が床を擦る音だけが、三人の代わりに終止符を打った。

「神学校で、この話する?」と環奈。

「しない。俺の信仰の材料にしたくない」

「ありがとう」

玖太は歌詞カードを三つに分けた。一枚は弦へ、一枚は環奈へ。自分の分の最後の行には、黒いペンで横線を引いた。

三人が集会室を出たあと、譜面台には予備の歌詞カードが一枚残った。最終行の〈アーメン〉だけが空白になっている。

翌朝、誰かがその紙を賛美歌集へ戻した。ページを開けば、祈らない三人の沈黙が、印刷された言葉より濃く残っていた。