空中城を落とす一画
「炭や白墨の線を一本消すだけ? 清掃魔法以下の無能だ」
要塞工房の技能判定で、セフィは設計班から追い出された。
《スキル:消線――手で描かれた線を、一度に一本だけ完全に消す》
彫刻も刻印も消せず、紙の字も一画だけ。セフィは作戦室の黒板を拭く係になった。
他人には単調な仕事でも、セフィは一画が命令を変える瞬間を知っていた。進軍の矢印から先端を消せばただの道になり、数字の横線を消せば兵数が桁違いになる。線一本は小さい。だが大きな術式ほど、その一本を前提に全体が従っている。巨大であるほど、命令の読み違いも巨大になる。
翌朝、敵の空中城が国境要塞へ迫った。
山ほどの石塊を浮かせる古代術式が底面に描かれ、こちらの砲弾は届かない高さから岩を落としてくる。要塞王モルデンは飛竜隊を出すが、城を覆う雷雲に焼かれて戻った。
セフィは望遠鏡を離さなかった。
空中城の底には巨大な文字列がある。古代語の《天》を中心に、上昇、固定、循環の命令が炭化した竜骨の粉で描かれている。彫った紋なら手が出ない。だが補修を重ねた一画だけ、色が新しい。
「飛竜を一頭、あそこまで運んでください」
「お前が剣を持って何になる」
「剣は要りません。指一本で足ります」
雷雲の隙間を縫い、セフィは空中城の底へ取りついた。
真下には雲、その下に祖国の平原。指先で新しい横線へ触れる。
空中城の術式は《天へ留まれ》と命じていた。
その一画を消せば、《天》の字は古代語の《大地》を示す字へ変わる。
「《消線》」
黒い横線が跡形もなく消えた。
術式の光が青から赤へ反転する。城は浮力を失ったのではない。命令どおり、猛烈な勢いで“大地へ留まろう”とした。
敵兵の悲鳴を乗せ、空中城は無人の峡谷へ落下した。
衝撃の風が国境要塞の旗を一斉にはためかせる。
帰還したセフィの前で、モルデンは設計班長の椅子を蹴り倒し、その席へ黒板消しを置いた。
「一本の線を消して、山一つを落とした者が清掃係であるものか。要塞術式総監の席を、セフィへ譲れ」