窓のない広報室

会社が公表しないと決めた事実には、窓のない広報室が発表文を作る。担当者は真実だけを書き、見出しを十三文字にそろえ、二十時に空席へ向かって読み上げる。読み終えた紙は七本に裁断し、一番短い一本だけを保管する。広報室がどこにあるかは誰も知らないが、非公開案件が出ると柚木崎の予定表へ会議室番号のない予約が入った。

家電メーカーの広報をする柚木崎は、工場事故の発表を担当した。試験中の蓄電池が破裂し、協力会社の作業員が一人死亡した。亡くなった井浦は、柚木崎と同じ二十七歳だった。取材のたび、食堂で大盛りのカレーを食べる人だった。

役員会は「設備点検中の体調急変」とだけ公表する方針を決めた。事故原因が製品にあると認めれば、発売が半年遅れる。

公開用の発表文を作ったあと、柚木崎の予定表に〈窓のない広報室 二十時〉と表示された。エレベーターで閉ボタンと開ボタンを同時に十三秒押すと、扉が灰色の部屋へ開いた。机と椅子が一つずつあり、壁には窓枠だけが描かれている。

柚木崎は非公開発表文を書いた。

見出しは〈試験電池破裂事故で一名死亡〉。十三文字だった。

本文には、警報を止めて試験を続けた時刻、井浦が退避を求めた記録、管理職が映像を削除したことまで書いた。空席へ向かって読み上げる。声が震えたが、やり直しを命じる者はいない。

裁断機で七本に切る。最短の一本には、井浦の名字だけが残った。規則どおり胸ポケットへ入れた。

翌日の記者会見で、社長は体調急変と説明した。柚木崎は記者の視線を受けながら、用意した回答を読み上げた。胸ポケットの紙片が汗を吸い、皮膚へ貼りついた。

会見後、井浦の母から電話が来た。

「息子は最後まで働いていたんでしょうか」

公開済み情報以外を話してはいけない。柚木崎は「確認中です」と答えた。電話の向こうで、食器を置く小さな音がした。

その夜も予定表に予約が入った。窓のない広報室へ行くと、壁の窓枠に透明な板がはまっていた。向こうには事故現場が見える。床に井浦のヘルメットがあり、その横で昨日裁断した七本の紙が、細い人影のように立っている。

柚木崎が最短の紙片を胸から出すと、透明板に一筋の亀裂が走った。

翌朝、本社正面の窓はすべて無傷だった。ただ、一階ロビーの自動ドアに、小さなカレー皿が外側から貼りついていた。皿の中央には黒い蓄電池の破片が一つ載り、湯気の代わりに十三文字の見出しが、細い煙となって消えずに上っていた。