窓際の蝉

美術の宿題を家でやると床を汚すので、私は夏休みの教室でポスターを描いていた。

窓際の席に画用紙を広げ、青い絵の具で空を塗る。誰もいない教室は静かで、いつもなら聞こえない時計の針まで聞こえた。

そこへ蝉が飛び込んできた。

カーテンにぶつかり、蛍光灯を回り、黒板の上へ止まる。私は虫が苦手だった。椅子を盾にして廊下まで逃げたところで、部活帰りの杠葉つぐみに見つかった。

「何してるの」

「蝉」

一言で状況を理解したつぐみは、呆れた顔で教室へ入った。普段は誰よりおとなしく、先生に当てられても声が小さい。そんな彼女が、丸めた新聞紙を片手に蝉へ近づく。

「殺さないでよ」

「じゃあ、どうしろって」

「優しく」

「注文が多い」

つぐみが窓を大きく開け、新聞紙で壁を軽く叩く。蝉は突然飛び、彼女の肩に止まった。

つぐみが固まった。

「取って」

「私、無理」

「優しく取って」

さっきと立場が逆になった。私は震える手で画用紙を丸め、蝉へ近づける。次の瞬間、蝉は大声で鳴き、私たちは同時に叫んだ。

廊下まで逃げ、二人で息を切らして笑った。普段のつぐみからは想像できない大声だったし、たぶん私の声はもっとひどかった。笑いすぎて、しばらく教室へ戻れなかった。教室の中では、蝉が私のポスターの上を歩いている。青い絵の具に脚をつけ、白い雲の部分へ細い跡を残した。

「もう提出できない」

「題名を変えれば」

「何に」

「夏の侵入者」

つぐみは今度こそ蝉を窓の外へ追い出した。飛び去ったあと、ポスターには六本の青い足跡が残った。私は消そうとしたが、つぐみが手首をつかむ。

「そこ、いいと思う」

彼女は自分の指にも青い絵の具をつけ、足跡の先へ小さな点を置いた。私も隣に点を置く。いつの間にか、空を渡る何かの軌跡に見えた。

九月、そのポスターは廊下に貼られた。先生は「偶然性の使い方がいい」と褒めた。

つぐみと私は顔を見合わせたが、蝉のことは言わなかった。

誰もいない教室で一番大きかった私たちの悲鳴も、夏の作品の一部として、青い足跡の裏に残っている。